女帝 第9話

「どうだった?」


 私が車に戻ると、開口一番に新井が聞いてきた。


「警備会社と契約しているようで、巡回の警備員がやって来た」

「なるほど。ということは、ここがニトリのサーバー施設であるということは確かなようだな」

「そうかもしれないな。だが、建物の内部には人の気配はなかった。本当にニトリヨウヘイは、ここにいるのか」

「さあな」


 新井はぶっきらぼうに答える。


「さあなって、ここにニトリヨウヘイがいるって言ったのはあんただぞ、新井さん」

「言ったかもしれないな。もし、いないとしても、ヤツをここに呼び出せばいいだけの話だろ」

「そんなことが出来るのか?」

「ああ。出来るよ。サーバー施設を破壊してやればいいんだ。そうしたら、ニトリの野郎は慌ててやってくるはずだ」


 新井は自信満々といった顔で言う。


 このサーバー施設がどれだけ大切なものなのか私には理解できなかったが、新井の口ぶりだと、ここはかなり重要な施設のようだ。


「破壊するっていっても、どうやってやるんだ」

「武器があるだろ、武器が」


 新井はそういって、トランクルームから持ってきたボストンバッグを開けてみせた。

 そこには拳銃の他に手榴弾もいくつも入っている。どうやら、これも女帝から奪い取ったもののようだ。


「おいおい、戦争でも始めるつもりなのか」

「戦争か、いい言葉だな。ここで花火を打ち上げようぜ、相棒」


 下品な笑い声をあげて新井が言う。目は完全にキマっていた。

 その顔を見ながら私は小さくため息をつくと、その戦争に参加する意欲を見せるために、来る前に新井から受け取ったリボルバーを取り出した。


 女帝を罠にはめる。

 そう新井に提案したのは私だった。

 苦肉の策で口にした言葉ではあったが、ここで新井か女帝のどちらかに舞台から降りてもらう必要があった。

 どちらか生き残った方と手を組み直す。それが私の策だ。

 私は新井に女帝をこの場に呼び出して、ニトリとの戦争に巻き込んでしまおうと提案をした。もちろん、女帝にはこちらが武装していることは伝えない。だが、あの女のことだ、かならず自分の部下たちを武装させて現れるだろう。そうなれば、新井に勝ち目はない。兵隊の数、武器の数、どちらをとっても新井の方が不利なのだ。新井にはショウという若者と私しかいないのだ。

 だが、新井という男の運に賭けてみるというもの面白いような気がしていた。この男は悪運の持ち主だ。もしかしたら……ということも無くはないかもしれない。

 どちらにせよ、私は生き残った方と手を結ぶ。それだけだ。


 私は新井に女帝を呼び出すと言って、スマートフォンを使って電話をかけた。


「おい、探偵。貴様、新井と一緒にいるな」


 ワンコールもせずに女帝は電話に出ると、開口一番にそう言った。

 どこかから情報が漏れたのだろうか。一瞬、不安がよぎったが、すぐに思い直した。いや、違う。カマをかけてきているのだ。

 私は冷静に言葉を選びながら、返事をする。


「どうして、そう思うんだ瀧川さん」

「ふん、さすがは探偵だ。乗ってこないか」


 女帝はそう言って笑った。どうやら、カマをかけてきていただけのようだ。


「いま、どこだ?」

「千葉県S市にいる。ここに新井も来る予定だ」

「どういうことだ?」

「新井を釣った。似鳥陽平って餌でな」

「ここでもニトリか」


 女帝は呟くように言った。

 どういうことだろうか。その言葉に私は何か違和感を覚えていた。


「まあいい。新井を呼び出した場所を教えろ。すぐに向かう」

「瀧川さんが直接来るのか」

「もちろんだ。あの新井とかいうクソ野郎はこの手で始末してやらなければ気がすまないからな」


 女帝が現れる。それを知っただけでも、私は背中に汗をかいていた。

 私は女帝にニトリヨウヘイが所有している工場の住所を伝えると、ついたら連絡をして欲しいと告げてから電話を切った。


 これで役者は揃った。あとは、どのように料理をするかだけだ。

 新井と女帝。戦力は圧倒的に女帝の方が上だ。しかし、女帝は新井が待ち伏せしていることは知らない。奇襲。これがどれだけの効果を生むか。

 私としては共倒れになってもらっても問題なかった。似鳥陽平のことさえ見つけられれば私は十分なのだ。


「女帝が自ら来るそうだ」


 そう新井に伝えると、新井は武者震いのように震えてから歓喜の笑みを浮かべた。その笑みは狂人のような笑みだった。

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