女帝 第8話

 千葉県S市にある食料品加工会社の工場跡地。広大な敷地であり、食料加工品会社が潰れてからはなかなか買い手が付かなかったのだが、そこをすべて買い取ったのがニトリヨウヘイだった。

 マジック・コインのマイニング用のサーバーを稼働させるための施設。

 新井はそう私に説明をしたが、何のことを話しているのか私には全く持って理解ができなかった。とりあえず、そこへ行けばニトリヨウヘイがいる。それだけがわかれば十分だった。


 カーナビの行き先をセットした私はハンドルを握った。新井は私のことを完全に信用したのか運転を任せている。

 千葉県S市は埼玉県と茨城県の県境にある場所で、鉄道の駅が近くに無いことから陸孤島とも呼ばれる地域であった。

 そのS市に向かう車中で私は新井とショウに女帝を迎え撃つプランを説明した。


「探偵、お前は天才なのか」


 私の話を聞いた新井はそう言うと、ニヤニヤしながら腰のところに差していた拳銃を取り出した。


「おい、こんなところで出すな」

「大丈夫だって。誰も見ちゃいない。もし見ていたとしても、誰も本物だなんて思わねえよ」


 新井は笑いながら言うと拳銃をじっと見つめる。


「こいつで女帝の頭を撃ち抜いてやる。あいつが絶頂に達する時の声を聞いてやるぜ」


 馬鹿でかい声で新井は言って、ゲラゲラと笑った。

 やりすぎだ。私は横目で新井のことを見ながらそう思っていた。

 新井はマンションを出るときに、コカインを吸っていた。コカインはショウがどこかから持ってきたものであり、量は一回分だけだった。私も新井に吸うことを勧められたが運転ができなくなっては困るだろうと言って、それを断った。女帝と会う前からラリっていたんじゃ話にならない。それが本音だった。

 カーナビが目的地に近づいてきていることを知らせてきた。すでに日は落ち、辺りは真っ暗である。

 更新されていないカーナビの表示は食料加工品会社の名前でその場所が登録されていたが、そこがニトリヨウヘイの買い取った工場であることは確かだった。

 目的地の数百メートル手前で車を停めると、エンジンを切った。


「様子を見てくる」


 そう新井に言い残して、車を降りる。

 砂利で舗装された道を少し歩くと、食料加工品会社の看板が出ている大きな門が見えてきた。明かりはついておらず、辺りは真っ暗となっている。

 私は持ってきた小型のライトを使って門扉の脇にあった警備員の詰め所の中を覗き込んでみた。かつては警備員がいたであろう詰所は無人となっており、錆びた門扉にはツタ植物が絡みついている。

 この食品加工品会社の工場が操業停止となったのは八年前のことだった。一時期羽振りの良かった食品会社は、本業である食品以外にも手を出して大きな負債を抱えた。その結果がこの工場の閉鎖となったそうだ。これは来る前にスマートフォンで八年前の経済新聞の記事

で得た情報だった。

 もう何年も開けられてはいないと思われるツタの絡まった門扉を確認してから、別の入口を探した。もし、新井の言うようにここにニトリヨウヘイがいるのであれば、どこか別に入り口があるはずだ。しかし、そこに行けば我々がやって来たということはニトリヨウヘイに気づかれてしまうだろう。それでは計画が台無しになってしまう。どこか別に入れるような場所を探し出して、そこから内部へ侵入する必要があった。

 門の周りを少し歩いて中に入れそうな場所を見つけると、革製の手袋をはめてから敷地内へと侵入した。敷地内には街灯の類はなく真っ暗に近い状態だった。やはりどこにも人の気配はない。念には念を入れて懐中電灯の明かりは点けずに、敷地内を進んだ。工場は八年前に閉鎖されているとのことだったが、比較的新しい電気系統のケーブルが張り巡らされているようだ。

 風を感じた。自然に吹いているものではなく、どこからか排気されている人工的なものだった。小型ライトを点けて、辺りを観察する。風が出てきているのは建物から伸びているダクトパイプだった。かすかなモーター音も聞こえている。私はダクトパイプが伸びている建物の入り口を探すために、壁伝いに歩いた。

 入り口はすぐに見つかった。入り口だけ付け替えたように新しく、電子ロックがつけられていた。やはり、ここには何かがあるのだ。

 どうにかして入ることは出来ないだろうか。そんなことを考えていると、遠くの方で車のドアが閉まる音が聞こえた。聞こえてきた音の回数からして、複数人が車から降りたようだ。音がしたのは、新井たちを残してきた車を停めた場所とは違う方向だった。あの場所は敷地から離れているし、新井たちが余計な真似をしなければ、気づかれるようなことはない場所だ。

 どこかから鉄が擦れるような甲高い音が聞こえてきた。それは、門扉を開ける音に違いなかった。

 私は用心のために小型ライトの明かりを消すと、近くにあった藪の中に身を潜めた。

 しばらくすると、一筋の光がひび割れたアスファルトの上を照らしながら近づいてくるのが見えた。闇の中に目を凝らすと、歩いてくる人物の姿が見えてくる。ゴム底のブーツに上下黒い作業着のような恰好。腕につけた反射板には見覚えのあるロゴマークがあった。それは関東近県では有名な警備会社のものだった。

 やはり、ここは何かの施設があるようだ。おそらく、私が侵入したことでどこかに仕掛けられていた警報装置が作動して警備会社へ自動通報が行ったのだろう。警備会社の職員たちはドアの電子ロックを確認すると、辺りを懐中電灯で照らして安全確認をしてから引き揚げていった。

 しかし、ここにニトリヨウヘイがいるというのはガセネタのような気もしてきた。現れた警備員たちの動きを見る限り、建物の中に誰か人がいるという感じはしなかったのだ。

 警備会社の人間たちが敷地内から去っていったことを確認してから、私は新井たちの待つ車へと戻った。

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