女帝 第7話
しばらくして、新井が部屋に戻ってきた。
どこか苛立った様子の新井は乱暴に腰をおろすと、ため息交じりに話しはじめた。
「カズキのやつが下手打ちやがった」
「カズキ?」
「ああ、俺の女だ」
新井に言われて、それが昨日一緒にいた髪の長い女のことだとわかった。
下手を打ったとはどういうことだろうか。
私は新井の次の言葉を待った。
「あいつ、女帝に捕まって全部吐いたらしい」
「どこまで知っているんだ」
「安心しろ、この隠れ家のことは知らない。だが、ニトリのことはあいつも一枚噛んでいた」
「じゃあ、あんたがニトリを狙っているってことは、女帝にもバレたということだな」
「ああ。くそっ! どうしてこうも上手くいかないんだ」
新井は苛立ちを隠さず、机に手のひらを叩きつける。
このままでは新井がニトリを追うのを止めてしまう可能性があった。それだけは避けたい選択肢である。どうにかして、ニトリの居場所まで新井に案内させる必要があった。
私は頭をフル回転させて、どうやって新井を説得してニトリの居場所まで案内させるかを考えた。
どこかで女帝を罠に掛ける必要がある。
思い浮かんだのは、その案だった。しかし、それはリスクの高い作戦だ。相手は女帝である。もし、私が裏切って二重スパイのような真似をしていることを女帝が知れば、女帝は私のことをただでは済まさないだろう。
ニトリヨウヘイ。いつの間にか、この男が私にとっての呪縛になっている気がしてならなかった。
背に腹は代えられない。私は意を決して、新井に提案をした。
「女帝を罠にかけよう」
「どういうことだ、そんなことができるのか」
私の発言に新井は驚いた顔をしてみせた。
「ああ、できる。女帝は、私と新井さんが組んでいることは知らない。だから、私が女帝に取り引きを持ちかけるんだ。新井さんの居場所を教えるとな」
「女帝はあんたのことを信用するのか、探偵」
「どうだろうな。そこは私の腕次第といったところかもしれない」
私は自信ありげに新井に言ってやった。そうすることで、新井も安心するはずだと、踏んで。
「なるほど。俺に対するリスクは無いんだろうな」
「もちろんだ。あんたには死なれちゃ困る。ニトリを捕まえるまではな」
「探偵、おまえ悪い顔しているぞ」
新井は笑いながら言うと、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、私に一本投げてよこした。銘柄はバドワイザーだった。
「その作戦、乗ろうじゃないか」
何もわかっていない新井を私は馬鹿な男だと思いながらも、顔には出さずにビールを受け取ってプルトップを弾いた。
「女帝を罠にかける。こんな魅力的な響きの言葉なんてないぜ」
新井はそういって、喉を鳴らしながらビールを一気に飲み干した。
私もビールを口にしたが、何の味もしなかった。どんなに飲んでも今なら酔わない自信がある。本当ならばアルコールでこの恐怖感を少しでも紛らわせておきたかったが、それすらも叶わない願いのようだ。
女帝を罠にかけ、新井も罠にかける。
失敗すれば、自分の身を亡ぼすだけだ。
誰も信じることはできない。
頼れるのは自分だけだ。
私はそう自分に言い聞かせながら、缶の中身を飲み干した。
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