女帝 第6話

 しばらく、私も新井も無言だった。

 時おり、後部座席でショウが唸るような声を出したりしていたが、新井は無視していた。

 カーナビの指示に従って辿りついた場所は、住宅街の中にあるマンションだった。8階建ての大きさで、新井の部屋は4階に存在していた。


「ここはよ、組の人間にも教えていない場所だ。本当の隠れ家ってわけよ」


 新井はそういうと、私とショウを部屋の中に入れた。

 ショウは、何が何だかわからないといった感じだった。私のことも誰だかわからないし、なぜ自分が車の後部座席にいたのかもわかっていないようだ。

 部屋の中にはセミダブルのベッドが置かれているだけで、他には何もなかった。

 クローゼットの中には服がいくつか入っているらしく、新井は黒いパンツとジャケットという姿に着替えていた。


「ここにはよ、武器も置いてある」


 そういって新井が持ってきたのは、オートマチック式の拳銃2丁とリボルバー式の拳銃一丁だった。


「女帝から奪った武器は、どうした」

「ああ、ショットガンか。あれは車のトランクに積んであるぜ」


 新井はにやりと笑うと拳銃を床に置いた。


「どっちか好きなの使え」

「いいのか?」

「ああ。お前を信用したってわけじゃねえが、隠れ家まで連れてきちまったんだ。最後まで一緒にやってもらうぜ」

「わかった」


 私はそう返事をして、リボルバーを手に取った。

 弾は全部で6発入るようになっていたが、4発だけ装填されていた。あとの2発はどうしたのだろうか。そのことが気になったが、口には出さなかった。


「おい、探偵。お前、ニトリを追っているって言ってたな。なんで、あいつを追いかけているんだ」


 新井がオートマチック式の拳銃を分解しながら、聞いてきた。


「私も金が必要なんだ」

「なるほど、懸賞金目当てか」

「新井さん、あんたはどうなんだ」

「ふん、俺も一緒だ。金が要る。なあ、探偵。手を組んでニトリの野郎を捕まえないか」

「あんたと手を組むか」


 私は笑いながらいった。


「何がおかしい」

「いや、さっきまで女帝から必死に逃げていたふたりが、今度はニトリを追いかけるために手を組むってのが笑えてな」

「確かにそうかもしれないな。それで、答えはどうなんだ」

「もちろん、手を組まさせてもらうさ」


 私がそういうと、新井は手を差し出してきた。どうやら、握手を求めているようだ。映画の見過ぎだ。私はそう思ったが、それを顔には出さずに、新井と握手を交わした。


 コンビニへ行っていたショウが、両手にビニール袋を抱えて戻ってきた。ペットボトルの飲料水と昼飯、煙草をワンカートン買ってきたようだ。


「ちょっと、ショウと話がある。適当に食って待っていてくれ」


 新井はそういうと部屋から出ていった。

 私はコンビニの袋の中からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、携帯電話を開いた。着信が5件。すべて、女帝からのものだった。おそらく、新井に逃げられたことで怒り狂っているのだろう。新井の逃亡に私が関与しているとは知らずに。

 新井はすぐには戻らないだろう。そう考え、私は女帝に電話をかけた。


「探偵、どこにいる」


 女帝はワンコールもせずに電話に出た。


「なにかあったのか」

「寝ぼけたことを言うな。新井に逃げられた」

「逃げられたことは、私のせいではないだろう。おたくの兵隊たちが新井の確保に失敗した、違うか。私はあんたの依頼通りに新井のマンションの場所を伝えただけだ」

「減らず口だな、探偵。新井を助けた人間がいる」

「ほう。そんなもの好きがいるのか。新井は所属していた神明会を破門になっているんだろ」

「そうだ。わたしに牙を剥く相手は誰であろうと許さない」

「それで私はどうすればいいんだ。まだ新井を探すのか」

「当たり前だ。まだお前はわたしからの依頼を成功させていない」

「おいおい。新井の居場所は教えたはずだ。ミスをして逃げられたのは、あんたの部下のせいだろ」


 その言葉に女帝が舌打ちをする。


「わかった。50万上乗せしよう。ただし、成功報酬だ」

「了解。引き続き、新井を探すよ」


 私はそう言って電話を切った。背中にはびっしょりと汗をかいていた。

 もし女帝に新井を手助けしたことがバレれば、私は殺されるだろう。そうならないためにも、上手く立ち回らなければならない。

 新井と一緒にニトリを見つけ出し、その後で新井を女帝に渡す。それが危険なことであることは重々承知している。だが、それ以外に私の生き残る道はないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る