女帝 第2話

 宮田の事務所から戻った私は、新井の足取りを調べるために、何人かの友人に電話を入れた。

 こういう時に、頼りになるのは情報を多く持っている友人たちだった。友人から頼られることも少なくはないが、その分こちらが頼ることもある。


 多くの友人たちは私の過去と繋がっていた。過去に受けた恩を未だに忘れずに協力してくれる友人たちに、私はいつだって感謝を忘れてはいなかった。


 新井についての情報を集めると同時に、クライアントである瀧川についての情報も集めていた。

 宮田の紹介。それだけで信頼度は十分にあった。

 しかし、あの女武器商人が何者なのか気になったのだ。


 瀧川についての情報を持っていたのは、犯罪ジャーナリストを自称するフリーの記者だった。


「あんた、またとんでもないことに首を突っ込んでいるのか」

 自称犯罪ジャーナリストの石神は、電話口で笑いながら言った。


「それはどういう意味だ」

「女帝について、知りたいだなんていうからだよ」

「女帝?」

「なんだ、そんなことも知らないのか。瀧川のあだ名だよ。裏社会では、彼女は『女帝』と呼ばれている。だが、本人を目の前にして『女帝』と呼ぶのはNGだ。本人はその二つ名を気に入っていないからな。過去に彼女のことを目の前で女帝と呼んだチンピラが、オホーツク海に浮かんだって話もあるぐらいだ」

「わかった。気を付けよう」

「女帝の本名は、瀧川タケセヴナ美雪。出身は北海道根室市。父親が日本人で、母親はロシア人だ」

 石神は得意げな口調で、瀧川についての情報を教えてくれた。


 瀧川の父、瀧川秀武は根室市内で瀧川商会という貿易会社を経営していた。主な取引先はロシアであり、主に自動車の輸出入事業を手がけていたそうだ。

 しかし、彼女が生まれて間もない頃に、不渡りを出して会社を倒産させている。

 瀧川商会が倒産したと同時に、瀧川秀武は姿を消した。瀧川商会には億を超える借金だけが残り、債権者たちが会社に詰めかけたそうだが、日本語がロクに喋れないロシア人の母親と乳飲み子が相手では債権者たちもどうにもできなかった。


 その後、彼女は母親と共にロシアへ渡っている。幼少期はロシアに住む祖父のもとで育てられ、高校生の頃に再び日本へと戻ってきた。

 彼女がロシアにいた頃の話は誰も知らなかった。本人が語ろうとしないし、ロシア時代の知り合いというのもいないようだ。噂ではあるが、彼女の祖父はソ連時代にKBGの高官だったという話だ。もしかしたら、彼女の父である秀武もロシアのスパイとして何かしら活動に関わっていたのかもしれない。彼女が日本に帰ってきた理由は、祖父が亡くなったためだという。祖父という後ろ盾を失い、ロシアではどうすることも出来なくなって、日本に戻ってきた可能性もある。日本に戻ってきた時、彼女はひとりだった。母親はロシアに残ったのか、すでに死亡していたのかは不明だ。


 高校卒業後、彼女は瀧川商会を立ち上げた。元手は祖父の遺産だったそうだ。

 瀧川商会は、ロシアから食料品や民芸品を仕入れて、北海道の物産をロシアに輸出する貿易会社だった。従業員の半分以上がロシア人であり、そのロシア人たちは元々彼女の祖父の下で働いていた人間たちだった。


 高校を卒業したばかりの小娘が、ひとりでそんな会社の切り盛りが出来るわけはなかった。かつて彼女の祖父の片腕と言われたマゴメドフというロシア人がおり、そのマゴメドフが彼女のブレーンとして活躍していた。

 そして、彼女は貿易会社を隠れ蓑として、裏稼業にも手を染めていった。


「よく知っているな。彼女の伝記でも書くのか」

「裏社会の人間については、全部調べているのさ。もちろん、あんたのこともしっかりと調べてあるぜ、探偵さん」

「よせよ。笑えないな、その冗談は」

「冗談なんかじゃない。いつだって情報は金になるんだ。調べておいて、損はしない」

「その情報で命を落とさないように気を付けるんだな」

「女帝はロシアン・マフィアとも繋がっていて、日本の裏社会との橋渡しをしている。だから、日本の暴力団組織にも顔が利く。女だからってナメて掛からない方がいいぜ」

「それは重々承知しているさ」

 私は電話を切ると、石神から仕入れた瀧川についての情報を頭の中で整理しながら、インスタントのコーヒーを入れるために電気ポットのスイッチをいれた。

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