女帝

女帝 第1話

「面白いものがあるんだが、ちょっと見に来ないか」

 そんな誘い文句を受けて、私が宮田の事務所を訪ねたのは昼過ぎのことだった。


 いつものように頑丈なドアの前でインターフォンを鳴らすと、縦にも横に大きな用心棒が出てきた。私は無言でその脇をすり抜けるようにして事務所に入る。


「来たか、探偵」

 私を出迎えた宮田は、珍しく私のことを応接セットのある部屋へと招き入れた。


 トラの剥製や日本刀が飾ってある応接室には先客がいた。

 肩の辺りまである髪を赤く染めた色白の女性で、歳は三十代前半ぐらいだろうか。切れ長の目に筋の通った鼻。どことなく日本人離れした顔立ちで、まるで映画に出てくる女優のような美人なのだが、頬から唇に掛けて刃物で切り付けられたような大きな傷痕があった。

 彼女はストッキングに包まれたスラリと伸びた長い足を組んでソファーに腰を下ろしている。そして、彼女の後ろには中東系の顔立ちをした黒いスーツを着た背の高い男が立っていた。


「探偵、紹介しよう。こちらは瀧川たきがわさんだ」

 宮田はソファーに座る女性だけを紹介した。

 瀧川と呼ばれた女性は切れ長の目をこちらに向けると無言で頭を下げた。

 瀧川の前にあるローテーブルの上には銀色のアタッシュケースが乗せられていた。


 私がそのアタッシュケースに目をやったことに気づいた瀧川は少しだけ表情を崩して笑みを浮かべると、そのアタッシュケースの蓋に手を掛ける。

 アタッシュケースにはシリンダー錠が掛けられており、瀧川は細い指を器用に動かして番号を合わせるとケースの蓋を開け、中身がこちらに見えるようにくるりと回した。


 ケースの中身を見た宮田が口笛が吹く。


「ずいぶん多いな」

「色々と揃えてきました。リクエストがあれば、もっと大型やつも持ってこれます」


 ケースの中に入っていたのは拳銃だった。

 オートマチック式のものからリボルバー式のものまで、全部で八丁の拳銃が並んでいた。


「探偵、お前も見てみろ。この前の三八口径は、あの殺し屋と一緒に警察に持っていかれちまっただろ。替わりの拳銃が必要なんじゃないか」

 宮田はそう言ってオートマチック式のハンドガンを手に取って眺めた。


 この瀧川という女は武器商人だった。話によれば、拳銃だけではなくマシンガンや爆弾までニーズがあれば揃えることが出来るとのことだ。


「気持ちはありがたいんだが、いまは金が無いんだ。この前、例のコソ泥に五〇万持っていかれたばっかりだ」

「そうだったな。まあ、見るだけならタダだからよ。瀧川さんのところの商品は、中国や東南アジアとかで出回っているようなコピーじゃないんだぜ。アメリカやヨーロッパで売られている正規品で、どれも未使用だ。もちろん、お前の好きなリボルバーもあるぜ、探偵」


 かばんの中には宮田の言う通り、いくつかリボルバー式の拳銃が入っていた。

 別にリボルバーが好きだというわけではなかった。ただ握った時にしっくりと来るし、撃ったことのある拳銃がたまたまリボルバー式だったというだけだ。


「さて、そろそろ本題に入るかい、瀧川さん」

「そうね」

 宮田の言葉に瀧川は頷くと、アタッシュケースの蓋を閉じて、後ろに立っている中東系の顔立ちの男に渡した。


「探偵、きょうお前を呼んだのは他でもない。仕事の依頼だ。依頼人は瀧川さんだ」

 道理で話がおかしいと思った。どうして、武器商人を自分に紹介するのだろうかと思っていたが、結局は仕事が絡んでいたのだ。


「あなたが信頼できる探偵だって紹介されてね」

 口元に笑みを浮かべながら瀧川が言った。瀧川が笑みを浮かべると、どうしても頬から繋がっている傷跡に目が行ってしまう。


「それで、何をすればいいんだ」

「この男を探してほしい」

 瀧川はそういって一枚の写真をテーブルの上に置いた。

 その写真は望遠レンズのカメラを使って隠し撮りされたものだった。少し薄くなった髪をオールバックにまとめた厳つい男。ひと目で宮田の同業者であるということがわかった。


「神明会系暴力団組織にいた新井あらいごうって奴だ。一週間前に組を破門になっている」

 宮田はそう言いながら一枚の紙をテーブルの上に置いた。紙には破門状という文字が書かれており、神明会しんめいかいが新井豪を破門にしたという旨が達筆な文字で書かれていた。


「この男は破門になる三日前ウチに拳銃二丁とショットガン一丁を注文している。取り引きに応じたのは私の部下だった。新井はその部下をだまし討ちにして拳銃とショットガンを強奪して行方をくらませた」

 瀧川の顔から笑みは消え、声のトーンが低く変わった。口調も先程のような商売人言葉ではなくなっている。

 なるほど、こちらが本当の瀧川か。私は勝手に納得をしながら瀧川の話を聞いた。


「ということは、新井は武器を持って逃げているってわけか」

「わたしからの依頼は、新井の居場所を見つけることだけだ。あとの始末はこちらでする」

 そう言った瀧川の目には妖艶ともいえる不気味な光を宿していた。

 手付金として50万。見つけたらさらに50万を払うと瀧川は約束した。

 仕事としては破格なものだった。しかし、危険過ぎる依頼でもあった。新井を見つけるだけとはいえ、こちらが嗅ぎまわっていることを新井に気づかれれば面倒なことになることはわかりきっていた。


 先日、共通の友人経由で受けた依頼である似鳥陽平の件はまだ片付いてはいなかった。期限である一か月のうち三週間が経過している。


 この三週間で私は様々なことに巻き込まれていた。

 事務所にコソ泥が入り金庫を盗まれた。

 コソ泥の件が片付き、昔なじみの友人に京都へ呼ばれて出掛けてみれば、その昔なじみの友人が殺されていた。


 この二つは結び付かないようで、結びついている。

 似鳥陽平。この人物が裏に見え隠れしているのだ。


 似鳥陽平を捜してほしい。

 この依頼は共通の友人を介して持ち込まれたものだった。


 共通の友人。この言葉はいつだって私を地獄へ引きずり込もうとする。

 今回の依頼は共通の友人ではなく、宮田を介した依頼ではあるが、こちらの依頼も危険極まりないことには変わりなかった。


 正直なところ、似鳥陽平の件は手詰まりだった。

 あと一週間で似鳥陽平の足取りを掴むことが出来るかどうかはわからない。

 ただ、一週間を無駄に過ごすつもりはなかった。


 瀧川からの依頼である新井豪の行方を追いながら、似鳥陽平の足取りも追い続ける。

 どちらにせよ、私は馬車馬のように働き続けなければならなかった。

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