京都 第4話

 夕方になるまで私の携帯電話は鳴らなかった。

 タイムリミットは明日までだった。

 明日の昼に顧客との打ち合わせが入っている。

 それまでに東京へ戻らなければならなかった。


 ビジネスホテルにもう一泊分の部屋を取ると、そのまま部屋に引きこもっていた。

 京都観光などはする気にもならなかった。

 私に出来ることは、ただ待つことだけだった。


 待っていた電話が掛かって来た時、私はどこかアルコールが飲める場所は無いかと街に出ようとしていた時だった。


「京都府警の南雲ですが」

「捜査に進展はありましたか」

 私は開口一番に質問をぶつけた。


「ええ。いただいた情報通り、コインパーキングの防犯カメラを調べたところ被害者の姿を確認することが出来ました」

「そうですか。それで、男の方は」

「行方を眩ませました」

「なるほど」

 私はそう答えながらポケットから一枚の名刺を取り出した。


 大手新聞社の京都支局に所属する梅嶋記者。

 京都府警記者クラブのキャップを務めていた。

 順風満帆な滑り出しだった記者人生だっただろう。

 おそらく、彼女と知り合ったのは取材を通してだろう。

 彼女は作家として何冊か本を執筆していた。

 彼女が持っていた梅嶋記者の名刺は古いものだった。

 まだ駆け出しの記者だった頃のものかもしれない。

 そう、彼が彼女のことを取材した時の。

 梅嶋記者が彼女の出版した本について取材している記事はネット記事としても存在していた。

 三年前。ちょうど、彼女が東京から実家のある京都に引っ越した頃だ。


 私は梅嶋記者から教わった携帯電話の番号に連絡を入れてみた。

 こちらの番号は名刺に書かれているものではなく、プライベートな番号だと聞いていた。


 コール音が聞こえてきた。

 電源は切っていないようだ。

「もしもし――」

 警戒したような口調で梅嶋が電話に出た。


「緊急配備があと一時間以内にされるそうだ。どうする」

「あなたがいけないんです」

「そうかもしれないな」

「会って話をしませんか」

「いいだろう。どこへ行けばいい。出来れば、アルコールの飲める場所が良いな」

「わかりました」

 梅嶋は祇園にあるバーの名前を私に告げた。

 そのバーは彼女と待ち合わせをしていたバーだった。


「そのバーなら知っている」

 私は電話を切るとタクシーに乗り、祇園へと向かった。


 バーに入ると、すでに梅嶋の姿はあった。

 数時間ぶりに見る梅嶋は若さが無く、どこかやつれているようにも見えた。

「あなたには全部話します」

 梅嶋はそう言って自白をはじめた。


 彼女を殺害したのは梅嶋だった。

 梅嶋と彼女は交際しており、梅嶋は結婚も考えていたそうだ。

 ただ、ここのところは二人とも仕事がうまく行っていないこともあり、二人の関係もギクシャクしはじめていたとのことだった。

 特に最近は彼女に男の影があるように感じていたという。

 そのとどめになったのが、東京から来た私と彼女が会う約束をしたことだった。

 梅嶋は私を彼女の元恋人だと勘違いしていた。

 彼女は梅嶋を捨てて元恋人と一緒になろうと考えているのだと思い、彼女を問い詰めた。

 ただの嫉妬だった。

 嫉妬は殺意に変わり、梅嶋は彼女の部屋で彼女の首をベルトで絞めた。


「殺すつもりはなかったんです」

 梅嶋は涙を流しながら、そう言ったが彼女を殺したのは間違いなく梅嶋である。

 それだけは間違いない事実だった。


 梅嶋の独白を聞いた私は勘定を済ませると、店に迷惑を掛けてはいけないと梅嶋を店の外へと連れだした。


 本当であれば、殺してやりたいところだったが、私は梅嶋の肩に手を置くと、店の前で待機していた南雲刑事に彼を引き渡した。


 彼女の葬儀は、近親者のみで行われた。

 私は近親者ではなかったが、彼女と親しかった友人として葬儀に参列させてもらった。


 結局、彼女は私を京都に呼んで何の話をしたかったのかはわからないままだった。そして、彼女の手帳に書き残された似鳥陽平の名前の謎も。



― 京都 完 ―

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