京都 第2話
そんなこんなで取り調べから解放され、京都府警東山警察署を出た時には、日付が変わっていた。
本来であれば、今日の午後には新幹線で東京へ帰る予定だった。
そのため、宿はなかった。泊まれるビジネスホテルを探し、ようやく落ち着くことが出来た時には午前二時を過ぎていた。
自動販売機で購入した缶ビールを飲み、部屋のベッドに腰掛けながら、きょう一日のことを振り返る。
彼女が殺されるとは思いもよらぬことだった。
部屋の荒らされ方からして警察は強盗事件として考えているようだが、私にはそれが犯人の目くらましのように思えてならなかった。
目的は別にある。彼女は何かを知っていた。そして、それを私に打ち明けたかった。
しかし、それは叶わなかった。彼女の知っていることが第三者に知れることを恐れた人間がいて、その人間が彼女を殺したという可能性はないだろうか。
彼女は私に何を伝えたかったのだろうか。
東京で働く私を京都にまで呼び出して伝えたかったこととは一体何なのだろうか。
私は彼女の残した手帳を鞄から取り出すと、中身を確認した。
ちょうど昨日のスケジュール欄には、夜に祇園のバーで待ち合わせという旨が書かれていた。
そこから数日遡ってみる。特にこれといって目を引くような記述は見つけられなかったが、一か月前のところに見覚えのある名前を見つけた。
似鳥陽平。その日付には、似鳥陽平の名前だけが書かれていた。
これはどういうことなのだろうか。彼女は一か月前に似鳥陽平と会ったということなのだろうか。
この日付を見る限り、この時点で似鳥陽平は姿を消しているはずである。
ちょうど、私のもとに似鳥陽平の行方を捜してほしいという依頼があったのが三週間前のことだ。私の調べた限りでは一か月前の時点では似鳥陽平は完全に姿を消しており、誰も行方を知らない状態になっていたはずだ。
この似鳥陽平と書かれたメモには何の意味があるのだろうか。
私は他にも情報が無いか、手帳のページをめくって見たが似鳥陽平に繋がるような内容はどこにも書かれてはいなかった。
彼女の部屋は現在警察に押さえられてしまっている。彼女が他にも何か残していないか知りたいところだが、いまは不可能だった。
こういう時に警察の友人がいれば役立つのだが、あいにく京都府警の友人は存在しない。明日の朝にでも、ダメ元で東京にいる警察の友人に連絡を取ってみよう。もしかしたら、別の友人を紹介してくれるかもしれない。
そんな望みに賭けてみることにした。
翌朝、警察の友人はすぐに捕まえることが出来た。
しかし、京都府警の関係者に繋がるような人脈はないと断られてしまった。
どうしたものか。良い案は思い浮かばなかった。手詰まりである。
どうにかして捜査状況などを知ることはできないだろうか。
そんなことを考えながら、彼女の残した手帳をパラパラとめくっていると一枚の名刺が零れ落ちてきた。
名刺を拾いあげると、その名刺は大手新聞社の京都支局の記者のものだった。
この記者が彼女とどういう関係であったのかはわからない。
だが、いまは藁にもすがる思いでその名刺に書かれていた電話番号へ連絡を入れてみることにした。
「もしもし、梅嶋ですが――」
電話に出たのは若い男だった。
私は自分の素性を明かし、彼女が死体で発見されたことを電話の相手に伝えた。
すると電話の相手はすぐにでも話を聞かせてほしいと言って、駅前にある喫茶店で会うこととなった。
喫茶店で待っていると、二十代後半ぐらいのスーツ姿の男が飛び込んできた。
きょろきょろと周りを見回しているため、おそらく彼が電話の梅嶋記者なのだろうと判断し、私は席を立ち上がってみせた。
「すいません、電話ありがとうございました」
梅嶋はそういって名刺を私に差し出した。
梅嶋の名刺は彼女が持っていた名刺を同じものだったが、肩書きに京都府警取材班キャップという文言が追加されていた。
「それで、彼女の件なのですが――」
梅嶋はホットコーヒーを注文すると、さっそく本題に切り込んできた。私は彼女に起きた悲劇を掻い摘んで梅嶋に教えた。
「本当ですか――」
私の話に梅嶋は暗い表情を浮かべた。
彼女と梅嶋がどういった関係であったかはわからない。ただの知り合いだったのか、それとももっと深い関係だったのか。
私は自分の見たことの一部始終を語って聞かせ、梅嶋は私の話を聞きながら熱心にメモを取っていた。
ある程度メモ帳に書きまとめたところで梅嶋は腕時計に目を落とした。
おそらく、夕刊の締め切り時間に間に合うかどうか確認したのだろう。
私は梅嶋を引き止めたりはしなかった。短い時間だったが話をする限りでは信用できる相手に思えた。
また新しい情報が入ったら連絡をするという約束をお互いにして、私は梅嶋を解放してやった。
おそらく、この後梅嶋は新聞社の支局に戻って原稿を急いで書かなければならないだろう。
彼女の死は、ちょっとしたスクープになるはずだ。
梅嶋が去った後、私は喫茶店で少し遅い朝食を済ませて、もう一度彼女の住んでいたマンションを訪ねてみることにした。
おそらく、規制線のテープが張られていて住人以外は立ち入ることは出来なくなっているだろう。
だが、そこを訪れる刑事や関係者の顔を見ることは出来る。
もしかしたら、彼女を殺害した犯人もその中にいるかもしれない。
そんな淡い期待もあった。
少し離れた場所でタクシーを降りると、私は彼女の住んでいたマンションに向けて歩きはじめた。
住宅街ということもあって、周りはとても静かだった。
途中、コンビニエンスストアがあり、そこには防犯カメラが備え付けられていることが確認できた。
犯人であれば、この道は外すはずだ。もし自分が犯人であれば、どのように彼女の部屋に侵入するだろうか。土地勘のない私にとって、防犯カメラのないエリアを避けて通るというのは至難の業だった。
もし犯人が一度も防犯カメラに姿を捕らえられていないのであれば、ある程度はこの土地を知っている人間のはずだ。そう考えただけでも、私は容疑者の一人からは外れるだろう。
犯人は一体何者だろうか。土地勘があり、彼女の部屋に入ることが出来た人間。
私と同じようにオートロックをすり抜けたとしても、部屋の中に入るのは難しい。
彼女と一緒にエレベーターに乗り、同じ階の人間を装う。
いや、そんなのは無理なはずだ。そうなると、顔見知りの犯行ということになるだろうか。
彼女とは電話などで連絡を取ったりはしていたが、三年ほど顔を合わせてはない。
その三年の間の彼女の交友関係などもわからないので、どこで彼女が恨みを買っていたかなどもわからなかった。
その辺については、京都府警の捜査力と梅嶋記者の取材力に期待するしかなさそうだ。
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