京都
京都 第1話
昔なじみの友人から連絡が入ったのは、夜中に草むらで鳴く虫たちの声が聞こえなくなった頃だった。
私はクリーニングから帰ってきてそのままにしてあったコートに袖を通すと、新幹線のチケットを買い求めて、東京駅へと向かった。
普段であれば、私の仕事は都内で片付くことが多いのだが、今回の仕事先は特別だった。仕事の依頼は京都に住む昔なじみの友人からであり、詳しい依頼内容については会って話したいということだった。
新幹線を京都駅で降りると、祇園までタクシーで移動した。
祇園にある小さな会員制のバー。そこが昔なじみの友人との待ち合わせ場所だった。
入り口にあるインターフォンを使い名前を告げると、中から店員が鍵を開けてくれた。店には昔なじみの友人が事前に連絡をしておいてくれていて私の名前を告げれば店内に通されるようにしておいてくれたのだ。
店内は静かであり、スピーカーからはピアノジャズが流れていた。
昔なじみの友人はまだ来ていないようで、私はアイリッシュウィスキーをロックで注文して、友人を待つことにした。
客は私ともうひとり三十代ぐらいの男がいるだけだった。その男も待ち合わせなのか、グラスビールを飲みながら、時おり腕時計へと目を落としたりしていた。
三杯目のウイスキーを口に放り込んだところで、私は席を立つことにした。
約束の時間から二時間近く経過していたが、昔なじみの友人はとうとう店に姿を現すことはなかった。
途中、電話を何度か入れてみたが、いずれも『電波の届かないところに――』といった音声メッセージが流れるだけで一度も繋がることはなかった。
仕方なく、私はタクシーで京都駅まで戻ると、駅の近くにあるビジネスホテルでひと晩を過ごした。
翌朝、ホテルを引き払って友人の自宅を訪ねてみることにした。
友人は約束をすっぽかすような相手ではなかった。友人の身に何かあったのではないかという嫌な予感がしていた。
友人の自宅までは駅前でタクシーを拾って向かった。
住所は知っていたが行ったことの無い場所であったし、東京の様に土地勘があるというわけでもなかった。
タクシーは住宅街を抜けて行き、大きなマンションの前で止まった。どうやら、ここが友人の住むところのようだ。
料金を支払い、タクシーを降りると私はマンションを見上げた。
地上二十階以上はあるタワーマンションと呼ばれるタイプのものだ。
友人が住んでいるのは十六階とのことだった。
マンションの入り口はオートロックとなっている。
友人の部屋番号を押して、インターフォンの応答を待ったが反応はなかった。
ここまで来て帰るということはしたくなかった。
しばらくドアの前に立っていると、中から女性が出てきた。
私はさり気なく、頭を下げて挨拶をすると、まるでそのマンションの住人であるかのような素振りでドアの内側へと体を滑り込ませた。
エレベーターを使い友人の部屋である一六〇四号室へと向かう。
部屋の前に立つと、私はインターフォンを押す前に中の気配を伺った。
室内に人の気配はしない。ダメもとでインターフォンを鳴らしたが、やはり応答はなかった。
少し考えた後、ポケットからハンカチを取り出しドアノブに被せるようにしてからノブを引いてみた。
鍵が掛かっている時の様に、ドアが引っ掛かる手応えがなかった。ドアはそれが当たり前かのように開き、私を室内へと迎え入れた。
玄関にはスニーカーと革靴、パンプスなどが乱雑に置かれていた。
私は友人の名前を呼びながら玄関で靴を脱ぎ、正面にあるリビングへと足を踏み入れた。
リビングルームの床には衣類や小物などが散らばっていた。
数週間前の記憶が甦る。私の事務所が荒らされた時と一緒だ。
なるべく物に触れないようにして、隣の部屋へと移動する。
そこはベッドルームだった。
ベッドの上にはスーツ姿の女が横たわっていた。間違いなくそれは友人だった。すでに息が無いのは、確認をしなくてもわかった。
彼女の首には紐状のもので絞められた跡がくっきりと残されていた。おそらく、殺されたのは昨晩のことだろう。
昨日の昼間、彼女と連絡を取っていた。その時は変わった様子はなかった。
「くそ」
私は独り言を呟くとどう処理していいのかわからない感情に包まれていた。
怒りと悲しみが同時にやって来ている。
そんな自分を冷静に見つめているもうひとりの自分もいるのだ。
とりあえず、警察に連絡をいれなければならない。
面倒ごとに巻き込まれることは確かだが、彼女をこのままにして部屋を立ち去るわけにもいかなかった。
京都府警には友人はいない。色々と話を聞かれたりするだろう。
しかし、どうすることも出来なかった。
自分は第一発見者なのだから。
110番通報をした後、部屋の中をざっと調べた。
この部屋から何が無くなっているのかはわからないが、彼女がどうして殺されなければならなかったのかのヒントがどこかに隠されているはずだと思ったからだ。
遠くの方からパトカーのサイレン音が聞こえて来る。
彼女が書斎として使っていた部屋で床にばら撒かれている本やノート類の中から一冊の手帳を見つけ出し中身を確認した。
手帳にはスケジュールや彼女が思い付いたことをメモしたりしてあった。
その手帳を自分の鞄の中にしまうと、到着した警官がインターフォンを鳴らすのを待った。
京都府警東山警察署刑事課に所属する南雲という若い刑事が取り調べ担当となった。
私は聞かれたことを正直に答え、昨晩のアリバイなどもすべて証明することが出来た。
彼女との関係についてもしつこく聞かれたが、昔なじみの友人であると何度も説明をし、今回京都へ来たのも彼女と再会するためだったという話を繰り返して聞かせてやった。
取り調べの途中、この南雲という刑事に代わってベテランの寺井という刑事がやって来たが、こちらの刑事は私と彼女との関係よりも私の職業である私立探偵ということに興味を示していた。
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