38口径 第6話

 まだ完全に片付いていない事務所でバラバラになってしまった書類などを束ねていると、来客を知らせるセンサーが鳴った。

 時計を見ると、まだ朝の八時である。こんな時間に探偵事務所を訪ねてくるような物好きにはロクな奴がいないに決まっている。


 気配がしたので顔をあげると、事務所の扉のところに目つきの悪い男が立っていた。革ジャンにジーンズというラフな格好で、両手はポケットに入れたままだった。


「何か?」

 私がくわえタバコのままで口を利くと、男はポケットに手を入れたまま事務所の中へと入ってきた。


「マナブ・ニシムラから預かっているものを出してもらおうか」

 男は私の正面に立つと、私の目の中を覗き込むようにしながら言った。

 男の言葉に私が無言でいると、男はポケットから手を出した。

 その手には38口径のリボルバー拳銃が握られていた。


「あんたか」

「さっさと、ブツを出せ」

 男は銃口を私の額に突き付けた。


「断る、といったら」

 その言葉に男は拳銃の撃鉄を起こした。

 この男がマイキーたちを殺害した犯人なのだ。


 男が引き金に指を掛けようとした瞬間、私はくわえていたタバコを男の腕に向けて吹き飛ばした。


 一瞬、男の注意が逸れる。


 次の瞬間、私は体を斜めにずらして銃口から逃れると、そのままの勢いで握り固めた拳を繰り出した。

 何かが壊れるような感触があった。

 繰り出した拳は男の左脇腹にきれいに突き刺さっていた。

 おそらく肋骨の数本は折れただろう。

 男の顔は痛みのため、歪んでいる。

 私はさらに拳を振るった。次は左の拳を顎に目掛けて繰り出す。

 右フックからの左アッパーというコンビネーション。

 以前、通ったことのあるボクシングジムで元プロだったというトレーナーから教わったものだった。

 拳がしっかりと男の顎骨にぶつかった感触があった。


 男は脳が激しく揺れたようで視線が定まらなくなり、白目を剥きながら膝から床へと崩れ落ちていった。


 盗まれたあと、使われた銃弾は全部で五発だった。

 リボルバーに入る銃弾の数は六発だが、私のリボルバーには五発しか弾丸を込めてはいなかった。


 一連の事件を振り返ってみると、すでに銃弾は五発使われていた。

 この男が新たに弾を込めていない限りは、全弾撃ち尽くしたことになる。

 そのことに気づいていないのか、それとも脅しで使うつもりだったのかはわからないが、既に弾が無くなっていることを私が知っているとは男は思いもよらなかっただろう。


 伸びてしまっている男の手から拳銃をもぎ取ると、私は男の首の辺りを靴裏で踏みつけながら、男が意識を取り戻すのを待った。


 しばらくすると、男はうめき声をあげながらゆっくりと目を開けて動こうとした。

 しかし、私に首を踏みつけられているため起き上がることは出来ず、下から見上げるように顔を動かしただけだった。


「質問だ」

「うるせえ」

 男はこの期に及んで強がり、下から私のことを睨みつけた。先程の打撃で唇が破れたのか、口からは血の泡のようなものがこぼれ出ていた。


「答えたくなければ、答えなくていい。その時はお前の体に鉛の弾が撃ち込まれるだけだ」

 そう言って私は撃鉄を起こす。


「待て、待ってくれ。わかった、答える。答えるから、撃たないでくれ」

 男は必死に命乞いをした。

 やはり、男はこの拳銃に弾が五発しか入っていないことを知らなかったようだ。


 男の首を押さえつけている足をどかすと、男に立つように指示し、自分は来客用のソファーへと腰を下ろした。その間も、銃口は男に向けられている。


「誰に頼まれた」

「知らねえよ」

「そうか」

 私は銃口を持ち上げて、狙いを定めようとする。


「いや、ちょっと待ってくれ。本当に何者なのかは知らないんだ。バーで飲んでいた時に頼まれたんだよ。歳は三十代半ばぐらいの男だ。たぶん、カタギじゃない」

「なんて言われた」

「あんたからマナブ・ニシムラから預かったものを奪ってきてほしいって。その場で現金を10万もくれたんだ。モノを持ってきたら、さらに50万出すっていうもんだからよ」

「なんで、他の奴らを殺したんだ。仲間だったんじゃないのか」

「この仕事だけの仲間だ。奴らとは裏稼業を募集するSNSで知り合った。素性は何も知らない。お互いに詮索しないのがルールだ。ガキと鍵屋は知り合いだったみたいだけどな。あいつらが死んだのは、弾みだよ、弾み。金庫から出てきた拳銃に最初に手を伸ばしたのは、あのガキと運転手だ。どっちが拳銃を持つかで揉めた。それを鍵屋が止めに入ったんだが、弾みでガキが鍵屋を撃っちまった」

 おそらく男がガキと呼んでいるのは、マイキーのことだ。鍵屋は小太りの男、運転手というのは死んでいたもう一人のことだろう。


「呆然としていたガキから、俺は拳銃を取り上げた。これ以上の面倒ごとは御免だったからな」

「じゃあ、なんで殺したんだ」

「だから、弾みだよ。気を取り戻したガキが俺から拳銃を奪い返そう襲い掛かって来たんだ。思わず、俺は撃っちまった。ふたり死んで、運転手が逃げようとした。もう、仕方なかった。だから、俺は運転手を撃った。それだけだよ。別に金を独り占めしようと思ったわけじゃない」

 どこか疲れたような感じで男は言った。


「それで、残りの金はどこで受け取るんだ」

「仕事が終わったら連絡をすればいいんだ」

「どうやってだ」

「教えられた番号に電話をする。あとは向こうが指示をしてくる手筈になっている」

「その番号を教えろ」

 男は自分の財布から一枚の名刺を取り出し、私の前に置いた。

 名刺は弁護士事務所のものだったが、その裏に汚い字で数字の羅列が書かれていた。


「この名刺は」

「これは書くものが無かったから、貰ったんだ。たぶん、そいつの名刺じゃないぜ。どこからどうみても弁護士には見えない男だったからな」

「そうか。最後にひとつだけ教えておいてやる。お前らは手を出す相手を間違えた」

 私はそれだけ言うと、携帯電話を取り出して宮田に連絡を入れた。


「おい、どういうことだ。あんたはマナブ・ニシムラから何か預かっているんじゃないのか」

 男が何かを喚いていたが、私は電話に集中していたため、その言葉をよく聞き取ることは出来なかった。


 五分もしないうちに宮田のところから、縦にも横にもでかいスキンヘッドの逆さ絵と若いチンピラ風情の男がやって来た。


「あまり散らかさないでくれよ」

 私はそう言って銃把の部分をハンカチで拭き取ってから38口径を逆さ絵に渡し、そのまま事務所を出て行った。


 彼らがあの男をどうするのかは知らない。

 ただ宮田は私の事務所から38口径を盗んだ男にそれなりの代償を払ってもらうとだけ言っていた。


 事務所から出た私は、先ほど男から取り上げた名刺に書かれた番号に電話をしてみたが、現在使われていないというメッセージが流れるだけだった。



※ ※ ※ ※



 数日後の新聞に、奥多摩にある雑木林の中で男が拳銃自殺をしているのが発見されたという記事が載っていた。

 警察は、その拳銃が浅草の廃ボウリング場で発生した殺人事件で使用されたものと断定し、自殺した男を被疑者死亡で書類送検したとも書かれていた。


― 38口径 完 ―

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