38口径 第5話

 夜になり、サノボールがある浅草へと足を向けた私は闇の中に佇む巨大なボウリングピンを見上げながら、どうするべきか考えていた。


 ひび割れたアスファルトの元駐車場には、私の乗ってきた車が一台置かれているだけで、他には何もない。

 廃墟となったボウリング場は、本来ならば屯している若者たちの嬌声が響き渡っているはずなのだが、今夜は不気味なぐらいに静かだった。


 車から降りると懐中電灯を手にボウリング場の中へと足を踏み入れた。

 暗闇の中をひとりで歩くというのは、あまり気持ちの良いものではなかった。

 ゆっくりと足音をあまり立てないよう、気を付けて歩く。

 ところどころに空き缶やビニール袋などのゴミが散乱しており、柱にはスプレーでいたずら書きがされていた。


 元受付だった場所の脇を抜けると、ボウリングのレーンが見えてきた。

 人の気配はやはりない。

 唯一の明かりである懐中電灯で辺りを照らしながら進んでいくと、レーンのところに何かが置いてあることに気が付いた。

 そちらに明かりを向けた時、私はここへ来たことを後悔した。


 ボーリング場の外に出ると、気を落ち着かせるためにタバコを一本だけ吸ったが、まったく味はわからなかった。

「くそっ」

 独り言をつぶやき、アスファルトの上に火のついたタバコを投げ捨てる。


 廃墟となったボウリング場、サノボールのレーンには三人の男の死体が転がっていた。

 その中のひとりは左腕にドラゴンのタトゥーがあった。

 おそらく、こいつがマイキーなのだろう。

 マイキーは腹と頭に一発ずつ銃弾が撃ち込まれて死んでいた。

 もうひとり、見覚えのある体型がいた。小太りな男。おそらく、事務所のドアをピッキングした男だ。こちらは胸に一発撃ち込まれて死んでいた。

 あとひとり倒れていたが、こいつには見覚えはなかった。逃げようとしたのか、背中と後頭部に一発ずつ喰らっていた。

 使用された銃弾は五発だったようだ。


 マイキーの死体の脇には、ダイヤル式の手提げ金庫が落ちていた。

 鍵は壊され、中身は空だった。おそらく、こいつらを撃ったのは38口径だろう。


 金庫の中には現金で50万円といくつかの領収書、そして上げ底になっている部分を外した下には油紙で包まれた38口径のリボルバー式拳銃が入っていた。

 しかし、この金庫の中に残されているのは何枚かの領収書だけであり、金と拳銃は姿を消していた。


「くそっ」

 もう一度呪詛をつぶやいてから、携帯電話を取り出した。

 掛ける先は、決まっていた。宮田のところだ。


 宮田は数コールした後に電話に出た。

「どうした、探偵。見つかったか」

 どこかの酒場にいるのか、背後が騒がしかった。


「悪い方へ事態は転がった」

「どういうことだ」

 私は宮田にすべてを話した。

 宮田は電話越しに怒鳴り散らしていた。


「それと、警察にも連絡を入れる。死体が出た以上、仕方のないことだ」

「拳銃の出所が知れたら、お前のところにヒットマンを送り込むからな」

「それは問題ない。大丈夫だ」

 宮田にそう言い聞かせて、私は電話を切った。


 次は警察への通報だ。

 サノボールという廃ボウリング場に死体が転がっている。そう通報すると、20分で最寄りの交番から自転車に乗った制服警官がやってきた。

 ひと通り説明をして、しばらくすると今度は覆面パトカーに乗った警官がやって来て、同じ説明をパトカーの後部座席ですることとなった。


 事務所が荒らされた話。自力でマイキーと呼ばれる若者を探した話。手提げ金庫はあったが、中にはいっていた50万円は無くなっていた話を何回もしたが、拳銃については何も話すことはなかった。

 浅草署まで行き、取調室で刑事に同じ話をまた聞かれた。

 こちらは被害者であり、奪われた金庫を探していただけだという話を繰り返し、ようやく解放された時には朝方になっていた。


 警察署を出てしばらく歩いたところで、尾行がないことを確認してから電話を一本入れた。相手は警察の友人だった。


「浅草署管内で拳銃発砲による殺人事件が発生したことは知っているか」

「ああ。うちも大騒ぎだよ。あと数時間後には、浅草署に捜査本部が設置される予定だ」

 疲れた声で警察の友人はいう。


「その件でなにか情報が入ったら、回してくれ」

「わかったよ。何か面倒事に首を突っ込んだのか」

「知ってから驚かないように先に言っておく。今回の被害者は俺だ」

「どういうことだ」

「事務所が荒らされて、その犯人を見つけたら、死んでいたのさ」

「まさか、あんたがやったわけじゃないよな」

 警察の友人の呆れたような声。私が同じ立場だったら、同じようにいうだろう。

「バカ言うな。そうだったら、お前に電話などはしないだろ」

「そうだよな」

「なにか情報が入ったら、知らせてくれ」

 そう言って電話を切ると、大通りに出てタクシーを拾った。


 アパートに帰って眠っても良かったが、睡魔はやって来なさそうだったので事務所へ向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る