38口径 第4話

 見るべき映像は昨日、私が事務所から出た後のものだった。

 昨晩は出先から事務所には戻らなかったため、何時頃に事務所に泥棒が入ったのかはわからない。


 三倍速で映像を進めていくと、深夜二時の時点でビルの前に一台のライトバンが停車した映像に行き当たった。

 ライトバンからは男がふたり降りてきた。小太りの男と長身細身の男だ。

 映像が荒いため、顔をはっきりと確認することは出来なかった。


 別の映像に切り替えて、ビルの入口に場面を移す。

 ちょうど、ふたりの男が入ってくるところだった。

 ふたりは帽子とマスク、サングラスで顔を隠している。


 そして、四階にある探偵事務所前の映像へと切り替える。

 小太りの男がドアの前で屈んで何かをやっている。おそらくピッキングだろう。

 その間、細身の方はあたりをキョロキョロと見回しながら、警戒をしている。おそらく、ふたりはプロだ。このコンビでいくつもの現場を経験してきているのだろう。

 事務所のドアは三分も経たないうちに破られ、ふたりは事務所の中へと消えていった。

 このカメラに再びふたりが映ったのは、それから三〇分後のことだった。


 探しものに手間取ったのか、事務所荒らしをするには時間がかかりすぎているような気もした。

 小太りの男の手には、たしかに手提げ金庫があった。

 やはり、こいつらが持っていったのだ。

 そして、ふたりの男は車に戻ると、そのまま走り去っていった。


 最後の映像にはかろうじて読み取れるだけのナンバーが映っていた。

 そのナンバーをしっかりと手帳に書き留めると、私は部屋から出た。


「この貸しは大きいぞ、探偵」

 事務所から出ていく私の背中に宮田はそんな声を掛けてきたが、私は振り返ることはしなかった。


 陸運局にいる友人に連絡を取り、ナンバーの照会を求めた。

 車の持ち主はすぐに分かり、台東区竜泉の住所で登録されていた。


 登録者は草尾くさお龍二りゅうじ、二十三歳。

 車が盗難車でない限りは、この住所が事務所荒らしの居場所なのだろう。

 陸運局の友人に礼を言い、電話を切ると、さっそくその住所の場所へと向かうことにした。


 その建物は国際通りから一本路地を入ったところにあった。

 すぐ近くにコインパーキングがあったため車をそこに入れ、少し離れた場所から建物の入口を見張ることにした。

 建物は元々一階が店舗だったようだが、いまはガラス扉にベニヤ板を貼り付けた状態となっており、中が見えないようになっていた。

 外階段があり、二階の部屋に行けるようにもなっている。


 建物の所有者は草尾の父親である草尾くさお新次郎しんじろうとなっており、数年前までは草尾プレスという会社名で登記されていたが、現在は廃業しているようだった。


 草尾龍二は三年前に傷害罪で逮捕されており、現在はアルバイトで生計を立てているようだ。

 草尾の両親は埼玉県にあるマンションで暮らしており、この建物に住んでいるのは草尾龍二だけのようだ。


 缶コーヒーを飲みながらしばらく建物を見張っていると、買い物袋をぶら下げた茶髪の若い男が戻ってきた。

 スポーツブランドのジャージ上下に靴型のサンダル。おそらく、この男が草尾龍二だろう。


 私は男が一階の玄関のドアを開けるのを待つと、ドアが開いたのと同時に後ろからぶつかっていった。

 男はぶつかられた衝撃でボールのように弾みながら、玄関に転がり込んだ。


「な、なんだっ」

 何が起きたのかわかっていない男は悲鳴に近い声を上げた。


 そこは床がコンクリートで薄暗く埃っぽい土間のような空間だった。

 おそらく、以前はここでプレス用の工機などを置いていた仕事場だったのだろう。


 男が膝立ちになりながら、こちらに気づいたようなので、私は男の背中に蹴りを入れて、再び男のことを地面に転がした。


「草尾龍二だな」

「そうだよ。なんだよ、あんた。おれにこんなことをしてタダで済むと思ってんのか」

「車はどうした」

「何のことだよ」

 防犯カメラの映像に残っていた車のナンバーを私は告げながら、靴のつま先で草尾の背骨のあたりを蹴りつけた。

 草尾は悲鳴に似た声をあげてコンクリートの床の上を転がりながら、私の足の届かない距離に体を逃す。


「待って、待ってくれ。蹴らないでくれ。答える、答えるから。車は、いまは無い」

「どこにあるんだ」

「貸したんだよ、ここにはない」

「誰に車を貸したんだ」

 一歩近づき、草尾を蹴る真似をする。


「ちょっ、ちょっと、待ってくれ。なんなんだよ、あんた」

 草尾は慌てながら体勢を整えて、両腕で顔をガードするようなポーズを取った。

 防犯カメラの映像に映っていた二人とこの茶髪の男の風体は一致しなかった。


「質問にだけ答えろ。誰に車を貸した」

「マ、マイキーだよ。マイキー」

「誰だ、それは」

 私はもう一度、草尾のことを蹴る素振りを見せて足を上げた。


「し、知らないんだ。マイキーって名前しか。みんな、あいつのことはマイキーって呼んでいるんだ」

「特徴は」

「痩せてて、背が高いよ。あとは左腕にドラゴンのタトゥーを入れてる」

「どこに行けば会える」

「この時間は知らないけれど、夜になればいつもサノにいるよ」

「サノ?」

「潰れたボウリング場だよ。サノボール」

 それを聞くと私は草尾のことをもう一度蹴飛ばしてから、建物を出た。

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