38口径 第3話

 翌朝、事務所に行くと、とんでもない事になっていた。


 事務所内は天地がひっくり返ったかのような有様で、机や戸棚の引き出しの中身がすべて床にぶちまけられている状態となっている。


 昨日、事務所を出る際にドアの鍵がかかっているかは、きちんと確認したはずだ。

 物取りの犯行。それには間違いなかったが、こんな貧乏探偵事務所から何を盗んでいこうというのだろうか。


 最初に行ったのは、重要な書類などを入れている鍵の掛かる引き出しの確認だった。鍵は普段から持ち歩いているため、簡単に開けることはできないはずだ。

 その考えは甘かったと私は認識させられた。


 引き出しは無残にも鍵が壊されており、中身はすべて床に散らばっている。

 この引き出しの中には手提げ金庫も入っていた。

 昨日依頼人から受け取った手付金の半分である50万円をしまっておいた金庫だが、その姿はどこにも存在しなかった。

 手提げ金庫にはダイヤル式のロックが掛けられていた。おそらく、犯人たちはロックを開けることが出来なかったために金庫ごと持ち去ったのだろう。


「まいったな」

 思わず独り言を呟いてしまった。

 50万を盗られたのは痛かったが、それ以上に面倒なことが起きていた。

 手提げ金庫の中には50万以上の価値があるものが入っていたのだ。


 とりあえず床に散らばっている資料やファイルなどを元の場所に戻し、事務所の中から何が無くなっているかを確認した。

 無くなっていたものは、机の鍵の掛かる引き出しに入れておいた手提げ金庫とその中身、あとは過去に受けた依頼のファイルが数冊だった。


 今回の事務所荒らしの目的が何なのかわかっていないが、タイミングからしても昨日引き受けた依頼が関係している気がしてならなかった。

 事務所を片付け終わると、ビルの管理会社に向かうことにした。事務所の入っているビルの中には防犯カメラが設置されている。その場所は完全な死角であり、言われなければ気がつくことはないようなところに設置されていた。

 事情を話せば、映像ぐらいは見せてくれるはずだ。


 管理会社のビルは道を隔てて向かい側に存在した。

 四階建てのビルではあるが、探偵事務所が入っているビルとは違いエレベーターが設置されている。


 私はエレベーターを使い最上階である四階で降りると、頑丈そうなドアの脇に付けられているインターフォンを鳴らした。


 しばらくして、鍵の開く音とともにドアから出てきたのは、縦にも横にも大きなスキンヘッドにモジャモジャのあご髭という逆さ絵のようなスタイルの男だった。


 男は値踏みするような目でこちらを見ると、すっと身体を横にずらした。

 どうやら、中に入れという意味らしい。


 部屋の中はビルの管理会社というよりは、暴力団の事務所といった方がふさわしい場所だった。

 柄の悪い連中がタバコを吹かしながら、事務机に腰掛けている。

 実際にここは暴力団の事務所だった。

 表向きはビルの管理会社として登記されているが、指定暴力団のフロント企業なのだ。


 一番奥にある事務机に腰掛けていた目つきの鋭い男が、こちらに気づくとゆっくりとした足取りで近づいてきた。


「どうした、探偵」

 ミント系のガムを噛みながら喋る男はどこか苛立った様子だった。

 煙草を吹かす自分の舎弟たちを睨みつけるような目で見ると、舎弟たちは慌てて煙草の火を灰皿に押し付けて消した。

 どうやら、男は禁煙中で苛立っているようだ。


 男の名は宮田みやたといい、表の顔は不動産管理会社の社長であり、裏の顔はこの街の暴力団組織の幹部構成員であった。

 私の事務所が入っているビルは、この男の会社の持ち物である。


「事務所がコソ泥にやられてね」

 私は事務所で起きた一部始終のことを宮田に伝えた。


「それはご愁傷さまだったな。だが、なぜそんな話を俺に聞かせるんだ。俺には関係のない話だろう。同情してもらいたかったのか」

「いや、関係ないことはないさ。以前、あんたから仕入れたブツが盗まれたんだから」

「どういうことだ」

「あんたから買った三八口径のリボルバーが盗まれたんだよ」

「馬鹿野郎。どうして、きちんと金庫にしまっておかなかったんだ」

 宮田は私の胸ぐらを掴み上げた。


「しまっていたさ。その金庫ごと持っていかれちまったって話だ」

「貴様っ」

「怒りを向ける先を間違えるなよ、宮田。私は金庫を取り返さなければならない」

 私の発言を聞いたあと、宮田は舌打ちをすると胸倉から手を放した。


「それで、お前は俺に何をしてほしいんだ」

「ビルの防犯カメラの映像を見せてくれ。あちこちに取り付けているだろ」

 私からの申し出に宮田は再び舌打ちをすると、大声でさきほどの大男を呼んだ。

「こいつに向かいのビルの防犯カメラの映像を見せてやれ」


 大男は私を別室へと案内した。

 その部屋には数台のディスプレイが置かれており、様々な場所の映像が表示されていた。


「おい、探偵。絶対に取り戻せよな。取り戻すことが出来なかったら、それなりの代償を払ってもらうから覚悟しておけ」

 私は宮田の言葉を背に受けながら、映像の確認作業をはじめた。

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