第7話 島本、告白されたってさ

 季節は春。進級してクラス変えにドキドキしたけど、先生たちの気遣いか、私の世話をしてくれる卯月と美鈴ちゃんと彼方ちゃんは同じクラスだった。


 それからしばらくしてクラスでの立ち位置が決まってきた頃だった。その日は午前中だけの予定だったドラマの打ち合わせが長引いて、登校できたのは放課後だった。


 卯月は部活だろうとテニスコートを覗いてみるけど、そこに卯月はいなかった。教室で何か仕事を任されているのかと思って教室に向かおうとした時、彼方と美鈴が息を切らしながら駆け寄ってきた。なにやら只事ではない様子。


「海香!やっと来たか!」

「ハァ、ハァ、もう学校中探し回ったよ」

「二人ともそんなに慌ててどうしたの」

「どうしたもこうしたもねぇ。ヤベェ事が起きた」


 彼方の怖い前振りに自然と肩に力が入る。もしかして卯月が怪我したとか?だから部活に……


「委員長が、告白された」

「えっ……?」


 一瞬脳が理解を拒む。卯月が?告白?どうして?なんで?だって私ずっと卯月のそばにいたよ。ずっとそばにいて、卯月は私のだって、だから取らないでって、みんなにずっとアピールしてたんだよ。それなのに何で?なんで卯月を奪おうとするの?わかんない、わかんないよ!嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!取らないで奪わないで連れて行かないで!


 私の卯月なんだ……よ……?


 あぁ、そっか、そうだった。


 卯月は別に私のものじゃないんだ。


 卯月が優しいから勘違いしてただけだ。私は卯月の家族でもなければ恋人でもない。ただの幼馴染。そんな奴が卯月を自分のものだなんて、強欲にも程がある。


「そうなんだ」

「なぁ海香」

「そっか!」


 彼方が何か言おうとするのを遮る。


「そっかそっか!やっと私以外にも卯月の良さがわかる人が現れたんだ!いやーうれしいなぁ。私最近全然学校に来れてないから卯月も寂しかっただろうしね。きっと恋人ができれば寂しくなくなるね!」


 私は卯月の幼馴染で親友だ。以前ドラマで演じた主人公の親友役を思い出す。その子は主人公に恋人ができた時はこんなふうに喜んだっけ。幼馴染を誰よりも祝福して、自分のことのように喜ぶ。きっとそれが今の私の役割。


「卯月の良さを分かってくれる人だし、きっといい人だよね。二人でデートとか行くのかな?キャー!すっごい青春って感じじゃん!」


 視界が歪む。目頭が熱い。ダメだ。今はNG無しの一発撮りなんだ。失敗は許されない。大根役者でもなんでもいい。今は親友役を演じ切るんだ。じゃなきゃ、みんなに心配かけちゃう。


「でももしもの事があるから最初のデートは尾行しちゃおうかな?やっぱりの私のお眼鏡にかなうか」

「海香!」


 彼方が私の肩を掴んで怒鳴った。怒りと悲哀が混ざり合ったような複雑な目。それでも私を中心にしっかりと捉えていた。


「それでいいのかよ」

「……そりゃ、卯月に恋人ができるんだし嬉しいよ」

「泣きながらそんな事言われて納得できるかよ!」


 頬から流れ落ちた雫が手のひらに落ちる。あぁ、ダメだった。演じきれなかった。卯月に相応しい親友役を。


「だって!私は卯月の幼馴染でしかないんだよ!卯月が告白されたって、嫌だなんてわがまま言えるわけないじゃん!」


 彼方の手を振り払い、周囲の目なんか気にせず叫んだ。


「ずっと勘違いしてたんだよ。卯月は私のそばにいてくれるって、卯月は私のものだって。でも全然そんなんじゃない」


 涙は溢れるばかりで止まる気配なんてない。私の脆い特別が壊れただけでこうなるなんてみっともない。


「私が勝手にそう思い込んでただけで、卯月には卯月の青春があって、友達がいて、だから卯月を好きになる人だっている。そんな当たり前のことわかってるはずなのに、私はそれから目を逸らしてた。それでこのざまよ」


 全てを吐き出して、糸が切れた傀儡のように膝から崩れ落ちた。辺りがしんと静まり返る。私の叫びに周囲のみんなは困惑して言葉を失っているようだ。


「ハハッ、みっともないでしょ。友達の幸せも祝えない、自分の思い通りにならなかったら泣き叫ぶ。こんな奴が名優大空海香だなんて」


 吐き捨てるように自嘲する。昔は天才と言われるのが嫌だったくせに、今はその才能と知名度を笠に着て卯月を独占しようとしてただなんて。そしてそれが破られたらこんなみっともない姿を晒す。我ながら滑稽だ。


「みっともなくねぇよ。それくらい、委員長が大切なんだろ」


 彼方は膝をついて私の肩を掴んだ。その手つきは優しくて、子どもな私は自然と顔を上げた。


「委員長は返事をしに屋上に行った。どう返事するかは私たちも知らない。でも、まだ間に合う」

「まに、あう?」

「海香ちゃん」


 ずっと後ろで見守っていた美鈴が朗らかな声で私を呼んだ。その顔は優しくて、鋭くて真剣な彼方とは対照的だった。


「海香ちゃんはどうしたい?」


 我が子を慈しむ母のように聞くものだから、「私は幼馴染でしかない」とか「卯月に迷惑かもしれないとか」とか、そんな誤魔化しを押し退けて私の本当の気持ちが表に出てきてしまった。


「卯月!」


 二人にお礼も言わず走り出す。さっきまで泣いていたから視界がまだはっきりしないし、ズルズルと鼻水も出てくる。こんなぐちゃぐちゃな顔で、不恰好な走りで、きっと今の私はひどい格好なんだろう。


 あんなに目立ってしまったから、きっとこの話は事務所にまで届いてしまう。すごく怒られると思う。もしかしたら仕事が無くなるかもしれない。


 でもそんな事、卯月が私から離れてしまうことに比べればどうでもいい事だ。あの雨の日に気がついた私の気持ち。いろんな事で取り繕ってきたけれど、もう無理みたい。


 屋上までの階段を駆け上る。この先に卯月がいる。


 卯月はいつもそうだ。自分なんかが役に立てるなら。そう言って誰かのために自分を犠牲にする。他人の良いところを見つけるのは上手い癖に自分の魅力にちっとも気がつかない。


 誰よりも優しくて、誰よりも真面目で、誰よりも可愛い。それが島本卯月。私の幼馴染で、親友で、誰よりも大切な人。


 けれど彼女は鈍感で、何度好きと伝えても本気にしてくれない。思わせぶりなことを言っても、冗談だと思って小さく笑うだけ。


 私にも責任はある。本当の気持ちを奥に隠して、本気で伝えようとしなかった。親友として私を甘やかしてくれる卯月の優しさが心地よかったから。何より、拒絶されるのが怖かったから。


 もう、そんな中途半端は終わりにしよう。


 自分に危機が訪れてようやく決心するなんて、自分の勇気のなさに嫌気がさす。でも、後悔するのは後にしよう。


 勢いよく屋上の扉を開ける。正面に卯月が一人で立っていたから、勢いそのまま彼女の胸に飛び込んだ。優しく私を抱き止めた卯月の顔には驚きと困惑が浮かんでいた。


 拒絶されるだとか、今までの関係でいられなくなるだとか、事務所に怒られるだとか、そもそも女の子同士だとか、私を止める諸々の言い訳はとうに私の頭から消え去っていた。


「卯月が好き、大好きなの。だから私のそばから離れないで!」


 ひどく不器用で自分勝手な告白だった。

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