第5話 チョコ裁判
「そういえば、バレンタインたくさんもらってたよね」
学校の放課後に彼方と美鈴を交えて四人で世間話をしていた時、海香がそんな事を言った。今日はバレンタイン翌日。話題にするタイミングとしてはちょうどいいのかもしれない。
「まぁね。全部義理だけど」
「……ホントそういうとこ」
「えっ?」
私が普通の返事をすると何故かヘソを曲げてしまった。そして私を責めるようにポコポコと叩いてくる。なんだか子どもみたいで可愛いと言うのは置いといて、彼方と美鈴に意見を求める。しかし二人は首を横に振り、海香の話を聞いてやれとハンドサインをしたのでそうする事にした。
「何か変な事言った?」
「言ったぁ!なんでアレが義理って思えるの!?」
「いや、告白とかされなかったし。それにみんな女の子だったでしょ?」
「ハート型の手作りチョコ渡されてなんでその反応になるの!?」
「みんな手作りだから流行りなのかなって。それにハート型は可愛いからで、そんな深い意味は無いんじゃない?」
あれが全部本命なのだとすれば私があんなにも沢山の人から好かれているということになる。まずあり得ない話だ。それに他の子もチョコを交換していたし、その中でハート型なんて珍しくなかった。
「この……この女誑し!」
「えぇ!?私そんなんじゃないよ!?彼方と美鈴もそう思うよね!?」
「いや……」
「委員長はそういうとこあるよね」
「えぇ!?」
助け舟を求めて声をかけたけど、帰ってきたのは海香のための援護射撃だった。混乱する私に援護によって勢い付いた海香が詰め寄る。壁に追い詰められた形となり、彼女の怒りの瞳が私を捕らえた。
「じゃあ誰のチョコが一番美味しかった!?」
なにがじゃあのか分からないけど、興奮状態の海香に気圧されて取り敢えず答えることにした。
「えっと、木下さんのかな」
「だれぇ??」
「パティシエ目指してるらしいよ。すっごく美味しかった」
「そっか……木下さんかぁ……」
さっきまでの勢いは完全に消え失せて、ふらふらと私から離れていき、机の上に寄りかかるような体勢になった。彼方と美鈴はそんな彼女に近寄って慰め始めた。
「今のは酷いよね」
「流石に同情するよ」
「ありがとう二人とも……」
どうやら完全に私が悪者のようだ。私は質問に答えただけなのに何故こうなったのか。まだ質問の答えは全部言っていないのに悪者扱いされるのは心外だ。
「でも、貰って一番嬉しかったのは海香のだよ」
質問の答えの後半を言うと、海香はカバっと勢いよく顔を上げてあからさまに嬉しそうな顔をした。多分、自分があげたチョコの感想が欲しかったのだろう。あんな遠回しに聞かずに素直に聞けばいいのに。
「えっと、なんで嬉しかったの?」
「なんでって、海香から貰ったんだから嬉しいに決まってるでしょ。まぁ敢えて特別理由をつけるなら、忙しい中私のために手作りしてくれたからかな。ラッピングも可愛かったし」
私の素直な気持ちを伝えると、海香は机の上からずるずると落ちて床の上にへたり込んだ。恍惚とした表情でしばらく私を見つめた後、突然我に返ったように間に光が宿り、凄まじいスピードで手で顔を隠した。
「卯月の女誑し……」
「だから私はそんなんじゃないよ?」
私は素直に嬉しかった気持ちを伝えただけだ。それを女誑しなんて言われる筋合いはない。この状態になった海香はしばらく戻らないので、やれやれと呆れつつ彼方と美鈴の方を向いた。
「海香も酷い言いがかりだよね」
「いや、委員長は間違いなく女誑しだよ」
「アレを無意識でやるのが恐ろしいよね」
「あれぇ?」
二人まで真顔でそんな事を言ってきた。いくらなんでも友達から女誑しと連呼されるのは辛いものがあった。
「私は無罪だよぉ……」
「と、卯月被告は申しておりますが。いかがしましょうか美鈴裁判長?」
「うむ。これは有罪ですな。というわけで被告には海香の荷物を持って一緒に帰るの刑に処します!」
いつのまにか始まっていたチョコ裁判で有罪となった私は海香が正気を取り戻した後、裁判長の言いつけ通り彼女の荷物を持って一緒に帰った。
その帰り道、夕陽に照らされる彼女の顔がいつもより赤く見えたのは気のせいだっただろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます