第4話 お勉強会

 テスト週間に入り部活がないので、私と海香は一緒に勉強会をすることにした。


 ドラマで主人公の親友がかなりハマり役と話題になり、海香はさらに有名になった。来年の春始まるドラマの主役に抜擢され、最近はかなり忙しかったようだ。目の前でペンをクルクルと回す海香からは、欠片ほどの集中力も感じられなかった。


「もう一月かぁ……」

「あっという間だよね」

「うん。この前まで劇団でシンデレラやってた気分」

「もう、いつの話してるの」


 私と海香は幼稚園から小学校まで地域の劇団に所属していた。本当に小さな劇団で、公民館や体育館でたまに劇をするような半分以上お遊びのグループだった。でも、そこで海香の才能が開花したのだから人生何があるかわからないものだ。


「ほら、忙しくて疲れてるのはわかるけど勉強するよ」

「……やだ」

「えっ、そんなに疲れてるの?」

「うん……うづきが甘やかしてくれないとヤダ」


 海香はたまに子どものように甘えたがる。でも最近は会う度に甘えたモードになる気がする。まぁその原因は会える頻度が減ってきたせいなのは分かりきっているけど。


「甘やかしたら勉強できる?」

「うん……嫌だけどする」

「ならいいよ。どうして欲しい?」

「んー……」


 海香は私の返事を聞くと、うめきながらズルズルと床を這って私の隣まで来た。むくりと体を起こし、両手を広げた。このポーズを見て、海香が何を御所望かすぐにわかった。けれど私は海香の言葉を待った。


「ぎゅってして」

「はいはい」


 とろんと蕩けた彼女の甘える声はすごく可愛い。何百万人もの人が海香を知っているけど、こんな姿を知っているのは私だけだ。そんな彼女を、包み込むようにそっと抱いた。


「どう?」

「んー……もっと強く」

「強く……こんな感じ?」

「ん」


 どうやらお気に召したようで、さっきまでご機嫌斜めだった彼女の頬が緩んだ。私より少し小柄な彼女はすっぽりと私の腕の中に収まっている。


 ふわりと香る花のような彼女の匂い、羽毛のように柔らかい彼女の身体、絹糸のように滑らかな彼女の髪、漫画のヒロインのように可愛らしい彼女の顔。それら全てを独り占めできる私は、きっと世界で一番幸せなんだろう。


「ずっとこんな時間が続けばいいのに」

「ダメだよ。ちゃんと勉強しなきゃ」


 不貞腐れるようにぼやいた彼女に優しく注意する。すると彼女は深くため息をつき、顔を上げて私と目を合わせた。


「卯月はさ、大人になっても一緒にいてくれる?」


 高校生になってから海香はよく将来の話をするようになった。海香は女優として成功している反面、学校での友達は少ない。というより、ファンが大半で友達として接してくれる子が少ないのだ。


 業界でも仲のいい同い年の子は居ないらしい。だから強く私を求めてしまうのだろう。ただの幼馴染でしかない私を。


「海香がそう望んでくれるなら」

「じゃあずっと一緒だね」


 私はこの言葉を本気にするほど楽観的じゃない。海香には私なんかよりもっとふさわしい人がいる。海香がこんな事を言うのはその人に出会ってないから。きっと運命の人に出会えば、何の取り柄もない私なんかすぐに忘れる。私なんかその程度の存在だ。


「はい、そろそろ勉強するよ」

「えー、もうちょっとこうしてたい」

「そうやってだらだら引き伸ばすつもりでしょ」

「嫌なのはイヤなの」

「……じゃあこうしよう。テストで70点以上取った教科の数だけなんでもお願い聞いてあげるよ」


 海香のやる気を引き出すためにエサを差し出すと、さっきまでだらけきっていた目は急激に輝きを纏って私の目の前まで迫ってきた。


「本当!」

「海香に嘘はつかないよ」

「本当に何でもいいの!」

「お金かかるのは無理だけど、できる限りのことはするよ」

「やったー!」


 急激にやる気を出した海香は私から離れて机についた。我ながらこれでやる気がでると思ってしまうのは少し複雑だ。


「ねぇ、ここってどうやるの?」

「そこはこの文法を使って訳すんだよ」


 仕事で忙しくて勉強の時間がとれない海香のために、数少ない取り柄を活かして彼女に知識を詰め込む。飲み込みが速い海香はスラスラと問題を解いていき、最終的に海香は全教科で70点以上を取った。


 その後海香からされたお願いの詳細は伏せるけど、まぁ至極の幸せだったけどとてつもなく疲れたとだけ言っておこう。

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