第3話 罪な人

「彼方と美鈴は何か知らない?」


 とりあえず仲のいい二人に声をかけてみた。二人はうちは無理とまず断ってから、私たちの手伝いを買って出てくれた。


「なるほど、結構可愛いじゃん。母さんがアレルギーじゃなかったら貰ってあげたのにな」

「だね。というか……」


 ネコの写真を見ていた美鈴は凪さんの方をチラリと見て、こう囁きかけてきた。


「またあんまり知らない子のお願い聞いたの?」

「そうだけど。でも凪さんは優しい子だよ」

「それは関係ないよ。私は委員長が便利屋みたいな扱いにならないか不安なの」

「私みたいなのが誰かの役に立てるなら喜んでするけど」

「そういう所。凪さんは純粋にネコを心配してるいい子だからまだいいけど、悪意を持って面倒事押し付けてくる子もいるかも知れないんだよ」


 美鈴にまた怒られてしまった。私はよく人のお願いを聞いて手伝いをしたりするから、美鈴の心配もよくわかる。でも困っている人を見過ごすわけにもいかないし、私なんかを頼ってくれてるのに無碍にはできない。


「大丈夫だよ。それより里親になってくれそうな子に心当たりある?」

「はぁ……まぁ今はそっちが大切だよね。うーん、美術部の子に声かけてみようかな」

「あっ!思い出した!」


 隣でずっと唸っていた彼方に閃きが降りて来たらしく、大太鼓のような爆音を出すものだから両肩がびくりを震えた。近くにいた凪さんも小さく悲鳴をあげ、彼方は私たち含め周囲から痛い視線を浴びていた。


「……ごめん」

「彼方は声が大きいんだから気をつけてよね。それで、何を思い出したの?」


 視線に耐えられなかった彼方は体を縮こませて小声で謝罪した。美鈴もまたかと呆れながら、彼女の思いつきについて聞いた。


「この前先輩が猫飼いたいってぼやいてたんだよ。ほら、レギュラーの坂田先輩」

「そういえばそうだったような……多分部室にいるだろうから行ってみようか」


 今日は部活が休みの日だけど、熱心な人はコートを開けてもらってよく練習している。坂田先輩もその一人だ。


 四人でコートまで行くと、ちょうど休憩中だったので声をかけた。すると先輩は二つ返事で了承してくれた。電話で親にも確認が取れたようなので、あの白猫の飼い主は坂田先輩ということになった。


 坂田先輩と今度の土曜日にネコを渡しに行く約束をした後、彼方と美鈴は部活に行ったため凪さんと二人で教室まで戻って来た。教室には誰もおらず、私と凪さんの荷物だけが取り残されていた。


「すぐに見つかってよかったね」

「うん。あの子、幸せになってくれたらいいな」

「坂田先輩は優しい人だから、きっと幸せにしてくれるよ」

「そっか、良かった……」


 彼女の顔は深い安堵と慈しみに覆われていた。今日会ったばかりのネコにあそこまで愛を捧げるなんてすごいな。彼女の優しさに素直に感心しつつ、机の中の教科書をカバンに放り込んだ。


「その、今日は本当にありがとう」


 教室を出る前に帰る準備を終わらせていたらしい彼女は、私のそばでペコリとお辞儀した。


「お礼なんてそんな……里親を見つけたのは彼方だし」

「それでも私一人じゃどうしようもなかったから」


 彼女はカバンの持ち手をギュッと握った。


「結局私はあの子を見つけただけで何もできなかった。でも委員長に相談したらこんなにすぐ解決しちゃった。やっぱり委員長はすごいね」


 彼女の顔が悲しげに見えてしまうのは、窓から入る光が顔に影を作っているせいではないように思えた。凪さんはきっと自分の凄さに気付いていない。だから、私が教えてあげることにした。


「ううん。すごいのは凪さんの方だよ」

「え?」

「凪さんはあの子を助けたくて、名前くらいしか知らない私に声をかけてくれた。人を頼るって案外難しいんだからすごいことだよ。それにさ、そこで凪さんが勇気を出したおかげであの子は幸せになれたし、坂田先輩もネコを飼えるようになった。凪さんの勇気が二つも幸せを作ったんだよ。だから、何もできなかったなんて自分を卑下しないで」


 真剣に、真っ直ぐ彼女の目を見て私の思いを伝えた。すると、彼女はまるでリンゴみたいに赤く染まって素早く私から顔をそらした。


「……海香さんが惚れるのもわかるなぁ」

「ん?何か言った?」

「うん……委員長は罪な人だよ」

「え!?どういうこと!?」

「これでわからないなら知らない!じゃあまた明日!今日は本当にありがとね!」


 何故か半分怒ったみたいな口調で叫び、彼女は勢いよく教室を飛び出していった。最後に何かしてしまっただろうか。まぁ本気で怒ってるわけじゃなさそうだしいいか。


 教科書が詰まった鞄を背負い、冷たい風に身を震わせながら私は帰路についた。

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