第2話 特別じゃない

 私は普通の高校生だ。成績はいいけど、それだけ。クラスの委員長をやってるけど、それだけ。ボランティア活動によく参加してるけど、特別なことじゃない。テニス部に入ってるけど、そんなに強くない。


 私は決して突出した人間ではないのだ。


 ○○○


「お疲れさん、委員長」

「お疲れ。というか、その呼び方やめてって言ってるでしょ」

「なんつーか、委員長は委員長って感じなんだよな」

「なにそれ」


 朝練が終わり、ジャージを着てベンチで休憩している私に彼方が話しかけてきた。飯島彼方は私と同じテニス部に所属している。一年にしてレギュラー入りする期待の新人だ。


「今日は海香は来るのか?」

「来ないよ。ドラマの打ち合わせだって」

「どんな役やんの?」

「主人公の親友役だって」

「メインキャラじゃん。こりゃまたしばらく忙しくなるな」

「だね。昨日、卯月に会えないの寂しよーって電話してきたし」

「愛されてんねー」


 クラス公認の海香のお世話係である私たちは、海香の近況について話しつつ更衣室に向かった。


 朝練を終えて着替えた私たちは早歩きで教室に向かう。ガラッと扉を開けると、桃井美鈴が出迎えてくれた。


「お疲れ様。まだ海香ちゃんがいないってことはお休み?」

「うん。……それで察せられるのなんだかなぁ」

「卯月ちゃんと海香ちゃんは仲良しだから」


 海香はいつも私について回ると言ったけど、本当にずっと私のそばにいるのだ。朝練にさも当然のようにいて、私の専属マネージャーかのように振る舞う。当然みんなから注目が集まるわけで、正直恥ずかしい。


 だからまぁ、海香が来るかどうかは私が教室に入った瞬間に判明するわけで、その役割は恥ずかしいやら誇らしいやら。ともかく全体からの認識としても、事実としても私と海香はニコイチなのだ。


「あの……委員長さん……」


 もうすぐ朝礼なので席に座ろうとしたら、クラスメイトから声をかけられた。名前は確か……凪さんだったか。


「どうかしたの?」

「その、放課後に話したいことがあんだけど、いいかな?」

「わかった」

「ありがとう。忙しいのにごめんね」

「大丈夫だよ。私は委員長なんだから、困った時は遠慮なく頼って」


 彼女はペコリと頭を下げて自分の席に戻っていった。普段は物静かな子なんだけど、どんな用事かな。そんな事を気にしながら私は朝礼の挨拶をした。


 あっという間に時間は過ぎて放課後。英単語帳に目を通しで待っていると、キョロキョロと周りを気にしながら彼女は私の机の側にやってきた。


「えっと、委員長さん……」

「うん。話があるんだよね。何かな」

「その、ついてきてください」


 凪さんの言う通りついていくと、体育館の裏側にやって来た。その道中も彼女はずっと周囲を気にしていて、逆に目立っていた。でも、体を縮こませて警戒心丸出しで歩く姿は、小柄なのも相まって小動物みたいで可愛かった。


「これ、です」


 体育館の裏側にある一本の木。その影に隠すように置いてあった段ボール箱。彼女がそれにかかっていたタオルケットを捲ると、可愛らしい声が私の鼓膜を揺らした。


「これって……捨て猫?」

「うん。今朝ここの花壇の水やりをしてたら見つけたの」


 彼女は少し大きめの白猫を撫でながら、状況を説明してくれた。


 今朝彼女がいつも通り花壇の水やりをしていたらニャアという声が聞こえてきた。気になって周囲を調べたら、木の影にネコが入った箱があったそうだ。無視するわけにもいかなかったが、自分だけではどうにもできず私に相談してきたみたいだ。


「なるほど。あの可愛い歩き方の理由はこれだったんだ」

「えっ、かわっ?!」

「うん。ハムスターみたいで可愛いなーって。まぁ逆に目立っちゃってたけど」

「あっ、えっと、その、ありがとう……?」


 彼女は何故か目を逸らしながらお礼を言うと、一度深呼吸をしてからネコについて話し始めた。


「最初は保健所に連絡かなって思ったんだけど、殺処分になったら可哀想だし、でも私の家じゃ飼えないから……」

「里親探しを手伝って欲しいってこと?」

「うん。……えっと、手伝ってくれる?」

「もちろんだよ」

「本当!よかったぁ」


 彼女はホッとして胸を撫で下ろし、ネコの方を向いて「飼ってくれる人見つかりそうだよ」と優しく微笑みかけた。その微笑みは近くの花壇で咲いている花のように可憐だった。ペットは飼い主に似ると言うけど、それは植物にも言えるらしい。


「優しいんだね」

「えっ、いや全然そんな……現に委員長に迷惑かけちゃってるし」

「ううん。凪さんは優しい人だよ。その子のことを面倒だと思わずに幸せにしようとしてるし、あの花壇の花だって愛情を持って育ててる。それに、私は迷惑だなんて思ってないよ。むしろ頼ってくれて嬉しかったし、凪さんの素敵なところも知れたからね」


 私が素直に思ったことを伝えると、彼女は顔を手で覆ってうめき始めた。何か変なことを言ってしまっただろうか。もしかして小動物みたいな歩き方をして目立ってしまったのが恥ずかしかったのだろうか。


「えっと、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ……」


 あまり大丈夫じゃなさそうだけど、これ以上何か言うと余計悪化しそうなのでやめた。そしてしばらくして凪さんが落ち着いてから、ネコの写真を撮って里親探しを始めた。

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