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『峰河 泰三 様


 この度はご丁寧なお手紙を頂戴し、恐縮しております。

 私のほうこそお見合いの席ではあまりお話が出来ず失礼してしまいお恥ずかしい限りです。

 私の気持ちにご配慮いただいたこと、大変驚いたと同時に感謝しております。私も峰河さんを知る時間をいただけたら幸いですし、これからお互いを理解し合えてゆけたら幸いです。

何卒よろしくお願い申し上げます。


季節柄、お身体ご自愛ください。


市村佐江』



「これって、おじいちゃんの方がおばあちゃんを気に入っていて結婚には前向きだけど、お互いを知るために文通しませんか?っていう提案だよね」


 それまで友人とLINEのやり取りをしていた姉がいつの間にか母の横に来て祖父の手紙を一緒に読んでいた。


「そうね。お見合いって言っても様々だけど、お義父さんは親族同士が決めたお見合いじゃないかしら」

「お袋は親同士が決めたこととはいえ、親父がどういう人か詳しく分からないし。でもお袋の親族は面子を大事にする家だったみたいで、即結婚!って考えてみたいだったけど、親父はどうやらその慣わしが嫌いだったみたいだな」

「お義父さんがそう話してたの?」

「いいや。この手紙以降、2人は色々なやり取りを手紙の中でしていてね。今やっている習い事や、旅行先での思い出とか。そんなやり取りを読んでいても、親父がお袋を気遣ってる文面が何通かあってさ。親父、お袋との結婚は単なる家同士の決まり事じゃなく、真剣に付き合ってちゃんと気持ちが一致した上で結婚したかったんじゃないかな。あの親父にしては意外な一面だよ」

「おじいちゃんって頑固で怖そうなのに、お茶目なところがあったんだね」


 確かに姉の言う通りだ。

 僕や姉が知る祖父は庭いじり好きが高じて家の庭を朝から夕方まで職人顔負けくらいに手入れをしている姿か、縁側に座って自分が手入れした庭を静かに眺めている姿しか思い浮かばない。

 そんな静かな祖父との時間の中で強烈に記憶に刻まれているのは、まだ僕と姉が幼かった頃、居間で喧嘩をしたり、追っかけっこをしていた時、いつもは無口な祖父がいきなりやって来て怒鳴られた事だった。

 居間…。

 確か、僕と姉が祖父から怒られたのはいつも居間で遊んでいた時だった。

 祖父母の家に季節ごとの休みや年末年始に帰郷した際には祖母から「出来るだけ居間には入らないでね」と言われていたのを思い出した。子供ながらに「どうして?」と訊ねると、祖母はとっても高価な美術品が飾ってあるから…と答えていたかもしれない。

 確かに子供の目で見ても高価そうな掛け軸や壺が床の間に置いてあったが、入らないで、と言われれば入りたくなるのが子供だ。とはいえ、幼い姉も壊したら怒られるというのを分かっていたから、出来るだけ床の間と距離を取っていた。

 そう言えば、この手紙の束が入っていた金庫があったのも居間だった。もしかしたら、祖父母は高価な調度品を壊されるから居間に入らせなかったのではなく、金庫を見つられたくなったのではないだろうか。

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