第五話 好き……。

「…………」


 やっべ、龍宮寺さんからの返事がない。

 もしかして、呆れられた? 


 それとも、都合よすぎるって思われたのか……あわわわわ。


「えーと……そこは付き合ってとかじゃなくて?」

「う、うむ……」


「どうして?」

「……おん?」


 何を言われてるのか分からないと言った龍宮寺さんの反応。


 だけど、こっちからすれば龍宮寺さんのリアクションがよく分からなかった。

 予想外過ぎる反応に、テンパっていたこともあって、しどろもどろな言葉になってしまう。


 計画通りなら、よろしくお願いしますって返事が来ると思っていたんだけど……あれぇ?


「いや……そのさ? これまで俺は竜崎さんが好きだったわけで……それがいきなり、七海が好きだから付き合おうというのも……ね、どうかと思うわけなんですよ? 出会い方が間違ってたというか……最初からやり直すのが筋かなって……」


 俺の考え方はおかしいとは思いたくない。


「え、えーと……どうかし──うえぇっぷ」


 七海に話していると、いきなりフルティーな香りが鼻をくすぐった。


 まるでメープルシロップやイチゴのような果実を凝縮したようなスイートな匂いで、いつまでも嗅いでいたくなる気持ちにさせた……って、そうじゃない! 


「な、何してるの七海!?」


 俺は七海に抱きしめられていたからだ。


「……私なんかでいいの?」

「七海……?」


 俺の胸に顔をうずめる七海は、不安さが混ざった消え入りそうな声だった。


「今ならまだ、伊織君のことを諦め、ら……れる、わよ?」


 七海の声は震えていた。


「諦めなくてもいいよ」


「でも私の家、普通とはちょっと違うよ?」

「そうだとしても、七海はとっても可愛い普通の女の子だよ」


 むしろ、可愛すぎてたまに心臓に悪いくらいだ。


「付き合い始めたら絶対に束縛するし、めんどくさいよ? それこそ、伊織君が他の女子と話すだけで嫌な気持ちになるし……」

「むしろ、俺なんかをここまで好きになってくれるのは七海だけだよ」


 あ、でも。RINEの返信とか遅れただけで文句言ってきたりしたらどうしよう? まぁ、その辺は、おいおい考えていくとしよう、うん。


 なんとかなるか。


「でも私、伊織君の好きな漫画のヒロインみたいにスタイルだって良くないし……」

「うん、それはちょっと待とうか!」


 というか、お願いだから一個下の次元と張り合わないで。


「でも私は──きゃっ! い、伊織君!?」

「なに? 七海こそ、ちょっとしつこいよ」


 別に卑猥なことをしたとかじゃなく、純粋に七海を抱き寄せただけだ……ほんとだよ?


「だって、夢みたいなんだもん……伊織君が私のために、こんな素敵なこと言ってくれるなんて……」

「えっと……じゃあ俺の提案はオッケーてことで……」



「それはやだ」



「えっ?」


 あれぇ?


 俺の首に腕を回したままの七海が、顔を覗き込みながら断ってくる。

 七海の瞳に俺の顔がうつりこむほどの至近距離でドキドキしてしまう。


 流石に色々と良くないと思って、一旦距離を取ろうと思ったのだが──


「ちょ、ちょっと離れ……んぐっ!」



 ──ちゅぷり



 気がついたときには、俺の唇に七海の唇が重なっていた。

 しかし、それは一瞬のことですぐに離れてしまう。


「~~っっ!」


 思わず、自分の唇を手で隠してしまう。


「伊織君の真面目で誠実な所は好きだけど、今のは真面目過ぎだと思うな」

「いや、そうじゃなくてさ……んっ」



 ──ちゅぷり



「私が今、喋っているから静かにして」


 キスで黙らされてしまった。


 今の七海の瞳は、熱に浮かされたようにトロンとしてた。

 色っぽい表情を浮かべる七海の手が俺の頬に添えられる。


「確かに伊織君の言う通り、私達の出会い方は間違ってたかもしれないけどね」

「う、うん……」


「それでも、大切なのってどうつむいでいくかだと思うの。それってさ、恋人同士でもよくない?」

「た、確かに……そう、な、のかな?」


 だめだ。ピンク色の空気のせいで、何言っているのかよく分からない。


 と言うか、七海に二回もキスされたのが、衝撃的過ぎて頭が回らない……。

 なんだっけ? 何の話をしてたんだっけ?


 そうそう、これから俺と七海が──


「じゃあ、今から恋人同士ってことでいいよね」

「そ、そうみたいだね……」

「嬉しい」


 嬉しそうに笑う七海だけど、今はどこか妖艶な表情に見えた。七海の潤んだ瞳が、俺を映す。


「ねぇ、伊織君」


 七海は、絡みつくように、逃げないように俺の手を握ってきた。


「私ね、嬉しすぎておかしくなっちゃいそうなの……この気持ちを言葉だけじゃない方法で、伝えたいなって……」

「そ、それって……」


「大丈夫だよ。声を我慢すれば、誰にもバレないって……次は伊織君からして欲しいな……んっ」


 目を閉じた七海が、俺に顔を近づけてくる。

 ちょっと踏み出せば、七海の唇が触れる距離にある。


 頭の中では警告音がずっと鳴っていた。

 吐息だって、触れてしまうような距離だ。


 ゴクリと、思わずのどを鳴らしてしまう。

 この距離を超えたら、もう──



「お嬢―、お話し中、すいません、実は──」



「「キャァアアアアア!(俺と七海の叫び声)」」

「す、すいやせん! 失礼しました!」


 ドタドタと大きな音を立てながら、スキンヘッドの男性はどこかに行ってしまった。


「もーう……立花のバカ……せっかく、上手くいきそうだったのに……」


 悔しそうな表情をした七海が、唇を尖らせていた。


「まぁ、まぁ。これから、そういう機会もたくさんあると思うしさ」


 そう話すと、パッと表情を華やいだ表情になる七海。


「そ、そうだもねん……エヘヘ……私、伊織君の彼女なんだぁ……」

「~~っっ!!」


 とろけるような笑みで呟く七海が可愛くて、思わず抱きしめてしまった。


「い、伊織君!?」

「何か、急に抱きしめたくなって。七海、こっち向いて?」

「う、うん……」


 頬を赤らめた七海は、うっとりとした表情を浮かべていた。

 そのまま俺は、七海の唇に自分の唇を重ねた。


「好きだよ」

「うん……私も伊織君のことが大好き……」


こうして色々と想定外はあったが、俺と七海は無事に恋人同士になったのだった。


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただきありがとうございました~

 そして、次話で完結でございまする~


 あとほんのちょっとだけ、お付き合いいただければと思います!

 

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