第三話 龍宮寺さんちの七海ちゃんの恋愛事情(上)

「うっ……うぅ……ぐすっ……」


 竜崎さんに脅しをかけてから数日経った後。


 私──龍宮寺七海りゅうぐうじななみは、自室で伊織君が書いたラブレターをずっと眺めていた。脅しをかけた日から、私は学校に行ってない。伊織君と顔を合わせにくかったし、多分、泣いちゃうような気がしたから。


 このラブレタ―が、あんな性格の悪い女じゃなくて、私だったらよかったのに……。


 私だったら、伊織君が欲しい『好き』をいくらでもあげられるのに。

 私が好きを自覚した日から、伊織君に告白されたときの事を何万回も考えた。

 そして、返事の仕方だって考えていた。


 まず、泣き虫な私だから嬉しくて、泣きそうになるのを我慢する。それから、伊織君んを優しく抱きしめて、私も好きだって伝える。そしたら、流れでその後はキスをするかもしれないし、それ以上のことだってあり得るかもしれない。


 私は受け入れたいし、伊織君にあげられるものは、なんだってあげたかった。


「伊織君のバカ……」


 でも、それはもう叶う事がない……。



 ──────

 ───

 ──



私が、伊織君と出会ったのは小学生の時。


私の家は普通の家とは違って、ちょっと特殊な感じの家だった。でも、いつも誰かが家にいるからにぎやかだったし、口調は荒くてもみんな優しかった。


 みんなが私のパパを組長って呼んで、私のことはお嬢って呼んでた。みんなが家族っていう感じだった。でも、そんな私の『普通』は、世間一般では『普通』ではなかった。


「ねぇ、なんでだよ! 私もいっしょにあそびたい!」

「だって……パパとママが龍宮寺さんとはあそんじゃだめだって」


 よくこんなことを言われ、まともに遊んでくれる友達がいなかった。高校生になった今なら分かるけど、小学生の頃には無理な話だった。


 それに、私も立花とかの影響で、口がかなり悪かった。それが拍車をかけていた。


「お嬢、どうです? 今日は俺とお菓子作りますか? それとも、どっかに遊びに行きますか? 組長からお金はたくさんもらってますんで、どこでもいいですよ?」


「ねぇ、立花? わたしの家って変なの?」

「どうしたんです、急に?」


「だってね、みつきちゃんとあすかちゃんのパパとママがね、私の家は変だから、あそんじゃいけないって」

「お嬢……」


 私の言葉に、立花は悔しそうな、悲しそうな、複雑な表情をしていた。それでも、覚悟を決めたような表情をすると、私の肩を掴んで、目を合わせて正直に話してくれた。


「確かに、お嬢の家は世間一般のご家庭とは違います。残念ながら、それは事実です」


 立花は、幼かった私にも、正直に話してくれるから大好きだった。多分だけど、私が一番懐いていたから、世話係に任命されたんじゃないかって思う。


「ですが、それの何がいけないんでしょうか? お嬢にはちょっと難しいかもしれませんが、俺達はお天道様に顔向けできないような仕事はしていません」

「ダメだよ……うぅ……だって、普通じゃないと……だって、だって……」


 それでも、小学生の私からすればみんなと一緒が良かった。今に思えば不思議なんだけど、小学生の頃って『輪』からはみ出ることに人一倍、敏感な頃だった。


 そんな私に立花は力強い言葉をくれた。


「大丈夫です、お嬢。安心してください。絶対にお嬢と仲良くなってくれる人がいます。今はまだ、傍にいないだけです。優しくて、可愛くて、明るいお譲と仲良くなりたいって人が必ずこれから現れます。絶対です」


「ほんと……?」

「ええ、本当です」

「ん、わかった……もう少しがんばってみる……」


 それでも、相変わらず一人ぼっちの私だったけど、立花とか組のみんながいてくれたから、私はまだ頑張ることができた。


 そして、小学四年生の時、転機が訪れた。


            ※


「どうしよ……」


 それは、給食に私の嫌いなほうれん草が出た日の事だった。


 いつもは、コッソリと残すんだけど、その日は先生が目を光らせていたこともあって、残すことができなかった。私の周りの子達が、完食したり、誰かに食べてもらったりする中、私だけが誰にも頼れず、給食とずっとにらめっこしていた。


「それ食べれないの?」

「え?」


 顔を上げると、そこにいたのが伊織君がだった。


「食べれないんだったら、俺が食べてやろうか? 俺、ほうれん草が好きなんだ!」

「う、うん……」


 頷く私に、伊織君は食べてくれた。これが、私と伊織君の出会いだった。


「ねぇ、なんで? 私の家、変だよ……」


 相変わらず、私はクラスメイトから避けられていた。だから、伊織君も離れるだろうと思っていたし、仲良くなれるなんて思ってなくて、期待してなかった。


 どうせ、すぐ傍からいなくなると思っていたのに──


「うーん、そんなこと知らないしなぁ……それに、君っていつも日直が仕事を忘れたら、こっそりとやってくれるでしょ?」

「え……う、うん」


「それに、飼育係がエサやりを忘れたら、エサもあげてるでしょ?」

「う、うん……」


 何で知ってるの? とか、色々思ったけど、こんな私のことを見てくれる人が、いるってことがたまらなく嬉しかった。


「だったら、家が変でも別にいいんじゃないの? 君は君のままでいいんだよ」


 あはは、と能天気に笑う伊織君に多分、惚れた瞬間だったと思う。それに、立花が言っていた事がようやく分かった。立花の言う普通とは違っても大丈夫だっていう意味が。


 普通と違ってても、その人の事をしっかりと見てくれる人が、本当に大切ってことだもんね。

 その事が、幼いながらに感覚で分かったから、私は勇気を出した。


「わ、私ね……友達がいないんだ……わ、私と……友達になってくれる?」

「そうなんだ。いいよ!」

「ほ、ほんとっ! ありがと」


 それからは、私にとって宝石のような毎日の始まりだった。


 伊織君と友達になって、一緒に遊ぶようになった。スマホゲームをしたり、公園で遊んだりして。二人で遊んでいると、クラスメイトの何人かも混ぜて、って言ってきて、どんどん友達が増えた。


 楽しくて、嬉しくて、私は本当に伊織君が大好きだった。


「ねぇ、立花! 明日ね、お昼ご飯を伊織君の家で食べていい?」

「ええ、勿論大丈夫ですよ。お世話になるんですから、一緒にお菓子でも作りましょうか」


「そしたら、伊織君は喜んでくれるかな……?」


 この時から、伊織君のことを考えると。胸がポカポカして幸せな気持ちになった。色で例えるなら、黄色とかオレンジだと思う。


「絶対に喜んでくれますよ、大丈夫です。本当に良かったですね、お嬢……」


 自分の事のように喜んでくれる立花は、ハンカチで涙を拭っていた。


「さぁ、お嬢。美味しいお菓子を作って、伊織君にプレゼントしましょうね」

「うんっ!」


 そして、私はこんな幸せな毎日がずっと続くんだと思っていた。


──────────────────────────────────────


 すいません、遅くなりました。

 一話にまとまらなかったので、次話は18:24になりますので、お待ちいただければと思います!

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