第二話 絶対にこのままで終わらせてやらないからな

「それで話ってどうしたの? それもこんな人気のないところで」


 泰我から、ラブレターの行き先が二転三転した話を聞いて、俺は龍宮寺さんにも話を聞こうと思った。昼休みの空き教室に呼び出したんだが、頬に手を当てた龍宮寺さんが何やら期待したような表情で、俺のことを見ているのが、少し辛かった。


「あ、もしかして伊織君ったら、私のことが好きだから、もっと二人の時間が欲しいって──」 


 そんなニコニコとした龍宮寺さんを見ていると、切り出しにくかった。


「だったら、お弁当作ってくるから、お昼休みも一緒にいよ」


 泰我が嘘を言ってるとは思わない。それでも、龍宮寺さんがそんな事をするとも思わなかった。


「伊織君って何が好きなの? そのおかずをお弁当に──」



「俺が送ったラブレターだけどさ、あれって、龍宮寺さんの靴箱に入ってなかったよね?」



 口に出した瞬間、龍宮寺さんは固まってしまった。


「え……あはは、西島君も急に何言って……」


 パクパクと息を飲むように、口を動かしていたが、そのまま口を閉ざしてしまった。俺から視線を逸らす龍宮寺さんは、非常に気まずそうな表情をしていた。


 まるで、都合の悪い事がバレてしまったかのように。

 そんな態度が、泰我の言ってた事を真実だと証明するようにも見えて。


「泰我……俺の友人から聞いたけどさ、俺の書いたラブレターって元々、泰我の靴箱に入っていたんだよ。それに気づいた泰我がさ、竜崎さんの靴箱に移してくれてさ。だから、龍宮寺さんのところにまで移動するはずないんだよ……」


「そ……それは……けど……だって……だって……!」


 ポロポロ。

 ホロリホロリ。


「……ごめんなさい」


謝罪の言葉で、龍宮寺さんが竜崎さんの靴箱からラブレターを抜き取ったということが分かった。


「その……さ? 理由を聞いてもいい?」


 龍宮寺さんが、竜崎さんの靴箱からラブレターを抜き取った理由くらいは分かる。

 こんな俺なんかのことを好きだからなんだろう。それでも、他に何か事情があったんじゃないかって思ってしまうのだ。


 だって、龍宮寺さんの性格からして、そんなことをすることが想像できなかった。それは一昨日のデートだけで十分に分かることだ。


 小さなことで一喜一憂して、好きなものを好きと言える素直さがあって、ひまわりのようにニコニコしながらすごく無邪気で。


 だからこそ、他に何か事情があるんだって信じたかった。


「分かる……分かるよ……伊織君が……怒っていることくらい……」


 俺の言葉に、 龍宮寺さんの瞼から雨が流れ出す。


「別にそんなこと……」


 不思議と、怒りという感情はなかった。もしかしたら動揺しすぎて、そんな部分に感情が追い付いてないだけかもしれないが。それでも一番は、龍宮寺さんは悪意があってそんなことをするわけがないって、分かっていたからだと思う。


 だからこそ、龍宮寺さんの涙を止める理由が欲しかった。


「どんな理由があっても、俺は受け止めて見せるから、少しだけ勇気を出してほしい。信じてもらえないかもしれないけど、俺は龍宮寺さんの力になりたいんだ」

「グスッ……なんで、なんて……伊織君はそんなに優しいの……そ、そんなに……優しかったら私が諦められなくなるじゃん……」


 掌で涙を拭いながら、龍宮寺さんはポツポツと理由を話し始めてくれた。


「伊織君がね……竜崎さんを好きなのは知ってたよ……だって、私がずっと伊織君を見ていたように……い、伊織君だって竜崎さんのこと見てたもんね……好きな人の気持ちくらい分かるに決まってるじゃん……」


 嗚咽を漏らしながら、龍宮寺さんはたどたどしくだが続きを話してくれる。

 今ばっかりは、龍宮寺さんの素直さというか、正直な部分が見ていて辛かった。


「だから……私は伊織君のことを諦めようと思ってたのに……伊織君が幸せならそれでいいって思っていたのに……そうなのに! ……ごめん、何でもない」


 一際大きく声を大きくする龍宮寺さんが、気まずそうに視線を逸らした。


「だから、一昨日のことはなかったことにしよう? 私は伊織君のことを諦めるから……それで──」

「なんでさ! 他に何か理由があるんでしょ。だったら話してよ……」

「そんなに優しくしないでって……諦められなくなるじゃん……」


 ──ビリビリ、ビリビリ


「龍宮寺さん!? 何やって!」

「何って……出かけた時の写真を破いている……だ、だけじゃん……」


 悲し気に笑う龍宮寺さんの足元に、破られた写真が積もっていく。


 まるで、一昨日のデートをなかった事にするように、粉々にしようとしているのが見えてしまった。


「これで……もう、グスッ……終わりだから……」


 そう言って、龍宮寺さんは空き教室を出て行こうとする。


「待って、龍宮寺さん!」


 ─バチン

 俺が伸ばした手は叩き払われてしまった。


「ばいばい……西くん」


               ※


 放課後。


 あれから龍宮寺さんは視線も合わせてくれず、俯いたままだった。それに、こちらが話しかけても無視されてしまった。


 暗雲とした気持ちが立ち込めたまま、引きずるよう帰宅している時だった。

 靴箱を挟んだ反対側から女子生徒の声が聞こえてきた。一人は、確認しないでも分かった。竜崎さんだ。もう一人は分からないが竜崎さんの友達だろう。


「ねぇねぇ、亜美はさ、西島とどうなってんの? あんだけアプローチしてるんだからさ」


「それがさー、上手くいかなかったんだよねぇ……おっかしいなー、西島みたいなキモオタ陰キャだったら、デートに誘えば上手く行くと思ったんだけどなぁ」 


「……え?」


 立ち聞きするつもりじゃなかったのに、固まってしまったかのように動けなくなってしまった。思わず声を漏らしてしまった。


 頭の中が真っ白になって、ドクンドクンと嫌に心臓が高鳴っていた。

 竜崎さんが俺の悪口を言っている……?


「ほら、私が声をかけると挙動不審に反応してくれるから、いかにも陰キャって感じでキモかったけど、私に対してデレデレしてたでしょ? だからデートに誘って、色々奢らせるつもりだったんだけどなー」


「鬼だねー、あんたは。けど、絶対に西島はあんたに惚れてるから、まだチャンスあるでしょ」

「うぇ……想像しただけでキショいから勘弁してよ……」


「何言ってんのよー! きっと、西島のことだから、放課後の屋上とかに呼び出して告白するでしょ」

「何それ……狙いすぎじゃん……」


「それには同感。そうだ、賭けしようよ」

「賭け?」


「そ。西島が亜美に告白するかどうかでさ。私は亜美に告白される方に賭けるよ」

「えー……それなら、私も告白される方に賭けたいけどさ……んー、まぁ、私がそれとなく拒絶すれば告白も──」


 けだるそうに、それでもどこか楽しそうに話す竜崎さんの声をもう聞いてられなかった。好きな子にキショいって思われていたこともだし、人の好意で賭けしようとしていたこともだ。


 傷つくし、すごくみじめだった。

 心に穴が開いてしまって、少しずつ侵食して穴が広がっていくような。


 靴箱に差し込む夕日からできた日陰をじっと見つめながら、物音を立てないようにしていた。この場に俺がいることを知られたくなかった。


 ばれたらもっとみじめな気持ちになってしまう。

 そんな時だった。


 ──バゴォオン!


 突如、靴箱を力任せに蹴りつけたような音が響いた。

 必死の思いで体を動かして、靴箱物陰からこっそりと、音の主を伺った。


「ねぇ、あんた達。何の話を話してたんの!」


 目は少し腫れていたが、怒り心頭の龍宮寺さんだった。


「ひっ! 龍宮寺……いや、龍宮寺さん……」

「私、先週も同じ事言ったわよね? 西島君のことを悪く言うなって! どういうことよ!」


 先週も同じ事を言った……?

 その瞬間、一気に色々な事が頭の中で繋がっていくようだった。


「そ、それはその……えーと……」

「もし西島君が傷ついたら……あんたのせいで、どうしようもなく傷つくことがあったら絶対に許さないから!」


 しどろもどろに言い訳をする竜崎さんのネクタイを、龍宮寺さんは思いっきり引き寄せる。そして、顔を近づけると、思いっきりドスの効いた声で脅した。


「あんた達の顔と名前は覚えたから。あんた達だって、私の中学の噂は知ってるわよね?」

「し、ししし知ってます! もう二度と、しません……しませんから……」

「チッ……次はないから。これが本当に最後だから。もし次また、似たようなことしたら覚悟しときなさいよ!」


 コクコクと涙目に頷く竜崎さんたち。そんな二人を見て、龍宮寺さんは大丈夫だと思ったのだろう。二人を解放した。すると、二人は一目散に逃げるように駆け出して行った。


 先週、龍宮寺さんが空き教室で怒っていたのはこの二人に対してなんだろう。

 こっそりと中を覗き見しただけだから、竜崎さんには気づかなかったんだ。そして、龍宮寺さんは、何かのきっかけで竜崎さんが俺の悪口を言ってるのを知ったからこそ、ラブレターを抜き取ったんだろう。


「龍宮寺さん……」


 胸が熱くなって、さっきまであった心の穴だってとっくに塞がれてしまって、気を抜くと泣いてしまいそうだった。今すぐに龍宮寺さんの元に行きたかった。


 龍宮寺さんが帰ろうとしていた時、俺が動けなかったこともあって、姿を隠すのを忘れていた。そのせいで、龍宮寺さんにばれてしまった。


「…………あ、いお──西島君」


 俺の名前を呼ぶ龍宮寺さんは凄く居心地が悪そうだった。


「りゅ、龍宮寺さ──」


「ご、ごめんね……守る事が出来なくて……本当は隠せれたらよかったんだけど……グスッ、うぅ……も、もう大丈夫だからね……西島君はショックかもしれないけど、これで他の誰かが西島君の気持ちをもてあそぶようなことは……ない……か……ら……それじゃ」

 俺の言葉を遮る龍宮寺さんの声はガクガクと震えていた。

 そして、俺の方を振り返らないまま、どこかへと言ってしまった。


「それじゃ、じゃねーよ……待ってろよ、絶対にこのままで終わらせてやらないからな」

 

 正しいのか、正しくないのかはわからない。

もっと、上手いやり方があったのは事実だ。

それでも、このままは絶対に駄目だ。俺は一つの決意をすると、龍宮寺さんと話した空き教室に戻った。


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