第六話 もーう、伊織君は私がいないとダメね?

 アニメショップでの戦いを抜けて、俺は龍宮寺さんと昼食に向かっていた。

お店は龍宮寺さんが、toktokで行きたい場所を探してくれていたらしい。日によっては行列もできるほどのお店らしく、今から楽しみだった。

 

 それは、龍宮寺さんもなのだが──。


「今日は~ご飯~~♪ カフェなんだけど、コーヒーは飲まないんだよお~♪」

「………………」

「パンケーキじゃなくて~~今日はティキン♪ ティキン♪ アイアム、ティキン♪」


「いや、龍宮寺さん。それだと、龍宮寺さんが鶏肉になっちゃうから……ってかさ──」


「ピッグでもない~♪ ビーフでもない~♪ 今日はティキンなんだよぉ~♪」

 


 こちらが涙を流してしまいそうになるくらい音を外して、鼻歌交じりに歩いていた。なんだろう。突っ込んだら負けってゲームなのかな……。


「ん? どうしたの、伊織君? そんな微妙そうな顔して」

「さっきからずっと気になってたんだけどさ、その歌なに?」

「あれ、聞こえてたんだ。何って普通の歌だけど?」


「…………普通の歌」

「うん、どこにである普通の歌!」


 にっこりと無邪気な笑みを浮かべる龍宮寺さんを見ていると、俺は何も言えなくなってしまった。勿論、驚いたからって言うのもある。でもそれ以上に、普段学校では仏頂面しか見せない龍宮寺さんが無邪気に笑っているのがなんだか、嬉しかったのだ。それに少しだけ優越感もあった。


 そんな龍宮寺さんの上機嫌なニコニコ笑みを見ていると、胸に変な感覚が奔った。じんわりとほどけていくような、だけど、少しだけ胸もズキンと痛んで削れて広がっていくような不思議な感覚だった。


 これは──


「ねぇ、伊織君。嬉しいね!」

「え?」

 

 モヤモヤのような正体について考えていたのだが、龍宮寺さんのが話しかけてきたので、中断するしかなかった。


「だって、好きな人とご飯に行けて、おいしいものを食べれるんだよ? それってすごく嬉しいことじゃない?」

「~~っっ!」


 満面の笑みを浮かべる龍宮寺さんを見ると、俺は正面から龍宮寺さんを見ることができなかった。それどころか、嬉しくて口元がにやけてしまっていた。


「あ、伊織君。肩に糸くずが付いてるよ?」

「え?」


「ちょっと待ってね……うん、とれた。もーう、伊織君は私がいないとダメね?」

「~~っっ! じ、自分でそんなこと言うなよ……」


 自分でも顔が赤くなっているのが分かった。さっきからずっと、龍宮寺さんには恥ずかしい思いをさせられてばっかりだった。自分でも、こんなに女子に対しての免疫がなかったことに驚いた。


 うむむむむむ……恥ずかしい。


「あはは、照れるんだ? 可愛い~」


 龍宮寺さんは、嬉しそうに俺の頬を付いてくる。


「ちょ、ちょっと! やめてよ」

「別にいいじゃーん。あ、そうだ! 写真撮っちゃお」


 龍宮寺さんは、スマホで俺の写真を撮ってくる。それから、俺の隣に立つと、シャッターボタンを押した。


「ふふーん♪ これは今日の思い出だね……えへへ」


 とろけるような笑みを浮かべる龍宮寺さんを見ていると、何も言えなくなってしまった。まぁ、龍宮寺さんが嬉しいならそれでいいか。


「今更だけどさ、自分で言ってて恥ずかしくなかったの?」


 勿論、私がいないとダメね発言である。


「なんで? 好きな人に必要ってされてたら、普通に嬉しくない」

「いや、そ、そうなんだけどね……」


 真顔で話す龍宮寺さんを見ていると、俺の方が間違ったことを言ってる気分になる。確かに、龍宮寺さんの言う通りなんだけど、こうも自分の胸の内に抱えていることを素直に話されると、こっちが恥ずかしくなってしまうのだ。


 龍宮寺さんって無邪気というか、素直すぎるというか。


 今だからこそ思うけど、俺が告白前する前に目撃した龍宮寺さんの姿だって、きっと何か理由があったんじゃないのだろうか。少なくとも、今の龍宮寺さんを見ていると、としか思えなかった。


 無邪気で、素直で、健気でどこにでもいる普通の女の子だ。


 そんな龍宮寺さんが、あそこまで怒っていたんだ。きっと、どうしても許せない何かがあったんだろう。


 うーん、そう考えると龍宮寺さんがパーフェクトすぎる……そうなってくると、やっぱり龍宮寺さんは、どうして俺なんだ……?


 俺の書いたラブレターがきっかけだったけど、少しだけ違和感がある……人の好意を疑うのって良くないことなんだけど、それだけで片付けてはいけないような気がしてきた──


「ねぇ龍宮寺さん」

「うん、どうしたの?」

「ラブレターのことなんだけどさ──」

「あ、伊織君。お店が見えて来たよ。早く行こっか」


 ワントーン下がった声で、龍宮寺さんは駆け足気味にお店の方に向かっていった。

 今、話をそらされた……いや、気のせい?

 

            ※


「そんな……今日が定休日だったなんて……」

「まぁ、まぁ。仕方ないって」

「そうなんだけど……食べたかったよ……」


 俺の目の前で、龍宮寺さんはどんよりとした表情で膝を抱えていた。


 いつも無邪気で明るい龍宮寺さんなのに、今は分かりやすいくらいに落ち込んでいた。


「ほら! 周りにはキッチンカーもあるし、飲食店だってあるから、別のところで食べよ? なんだったら、俺が奢ってもいいしさ」

「うん……ありがと……でも、おごってもらうのは悪いし、自分の分は自分で出す……」


 龍宮寺さんは、よっぽど楽しみにしていたようで、沈んだままだった。龍宮寺さんって、喜怒哀楽がはっきりしてるから分かりやすいんだよなぁ……うーん、どうしたもんか。


「今日はさ、もともと何を食べるつもりだったの?」

「カフェにあるチキンカレーだよ。このお店はね、セットメニューでデザートにクレープが付いてくるから、伊織君とシェアしたかったのに……」

「クレープか……」


 俺は周囲にあるキッチンカーを見渡す。


「おっしゃ……あった。龍宮寺さん、ちょっと、キッチンカーでご飯買ってくるから、どこか座れそうな場所で待っててくれる?」

「え……うん。そりゃあ、いいけど。どこで──」


 俺は、龍宮寺さんの返事を待たずにクレープ屋さんに並んだ。


 正直、男一人でクレープ屋さんに並ぶのは恥ずかしかったが、我慢だ。龍宮寺さんの言葉から察するに、甘い物が好きそうだから、元気になってくれればいいんだけど。


 それから列に並ぶこと数分。

 俺はチョコクレープと照り焼きチキンクレープの二種類を買った。


「って、俺は何をしてんだ……今日のデートの目的は龍宮寺さんに諦めてもらう事なのに、これじゃやってることが逆だ……」


 何か自分のしてることが本来の目的とはズレてるような気がするけど、まぁいいか。龍宮寺さんには服を選んでもらったし、彼女のおかげで今日は楽しい一日を過ごせたしな。


 これくらいの恩返しはさせてもらおう、うん。


「龍宮寺さーん、お待たせって……」

「す、すいません……私は人を待っているからその後に……」


 俺の目の前で、龍宮寺さんは知らない男性に絡まれていたのだ。


 ちょいちょろっと龍宮寺さんの言葉に引っ掛からないわけでもなかったが、龍宮寺さんがナンパされているのを見ると無性に腹が立った。


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただきありがとうございました~

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