*短編集

霧谷

No.1:『染みついた癖』

──噛み締めた奥歯の間から、神経に響く摩擦音が頭蓋へと送られる。きき、ぎっ、ぎりっ、がりっ。不規則なそれは向かい側に座る彼女の耳にも届いているのだろうか。どこか痛ましげに眉根を寄せつつこちらを見つめる様子が、私のささくれだった心を余計に逆撫でした。


"何が言いたい"


彼女は押し黙ったまま答えようとしない。私は声を荒げそうになるのを堪えて、あくまでも自分の役目を全うする事に精神を集中させた。摩擦音は絶え間なく私の頭蓋を反響する。きき、ぎっ、ぎりっ、がりっ。この癖が私に染み付いてからもう何年経っただろう。自分自身の事ながら、疎ましいことこの上ない。


ふ、と。

彼女が私を見る視線が、変わった。


──ああ、そうか。確か、


「そろそろ、あの人が帰ってくる時間ね。


……それにしても、この時計にも随分と長くお世話になっていること。時間を忘れていつまでも眺めていられるわ。


これからも私達を見守っていて。いつか、その針が役目を終える時が来ようとも」

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*短編集 霧谷 @168-nHHT

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