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 くだらない言い合いがあった。ケンカというほどでもない。面と向かって話せていれば起こらない種類の誤解だ。合成音声は抑揚がないし、文字は感情を取りこぼす。

 幸輔がSkypeで画像を送ってきた。依頼していた3Dモデルの下書きみたいなイラストで、ラフデザインが届いたそうだ。それが筋肉隆々のゴリマッチョだったので、こんなの詐欺だろとおれが言った。

「幸輔だって言ってたじゃんか。インスタの写真を加工詐欺だなんだってさ、それといっしょだろ」

「なんでだよ。その女は現実に肉体があって、その姿と似てないから詐欺なんだろ。おれにはそもそも肉体がないんだから、どうせならケンの好みの見た目でいたいって思うの、ふつうじゃんか」

 そんなのふつうじゃない。たぶん必要以上に噛みついた。ふつうの基準なんか知らないくせに、マジョリティをさも正義のように振りかざした。炎上。姿は見えないけど、傷つけたことだけは沈黙でわかった。

「好きなやつと結ばれたいと思うのがそんなにおかしいかよ」

 怒りも悲しみもない棒読みちゃんの声が、フラットな水平をどこまでもなぞっていた。


 そのまま誕生日の朝を迎えた。いつもなら「おはよう」とか「今日の朝ごはんは?」とかメールがあるのに、幸輔からの連絡はなにもなかった。それで、バイトを休むことにした。

「まじか、ライブとかあるんじゃねえの? 大丈夫かよー。こっちはいいから、ゆっくり休んで治せよ!」

 三十七度の熱が出ましたと言うと先輩は快く代打を引き受けてくれた。ほんとうはただの根性なしで、堪え性がなく衝動的なだけだ。ちょっとしたことですべて投げ出したくなった。そういう無鉄砲を、先輩はいつも意思のつよさと勘違いする。つまり、詐欺師はおれのほうだった。

 棺桶リストの話を思い出す。幸輔も漠然とした後悔みたいなものがあると言うし、妹さんもやさしくできなかったと悔いていた。後悔するかもしれないなんて、以前のおれなら考えもしない。おれは幸輔や先輩みたいにやりたいことや好きなことがないし、とくに誇れるようなものもない。手放す決断ばかりが早く、後悔ですら切り捨てた。ほんとうは全部どうだっていい。

 昨日、寝る間際にメールがあって、幸輔じゃなかった。

「明日会えないかな?」

 妻が実家に帰るので家に来ないかと誘われた。結婚してるとか聞いてねえぞと思った。でもまあいいか。もうなんでもいいや。

 3DモデルだのVRだの、幸輔はたぶんふざけている。映画がベッドシーンに入るたびおれたちは無言になるのに、意味がわからねえ。おれがずっと幸輔を思って自分のケツをまさぐってきたのを知っていて、だから気をつかっているつもりだろうか、性欲なんかないくせに。そんなのおれは頼んでない。

 喉の奥に突っ込まれたものを夢中で舐めながら、これが幸輔ならよかったと泣いた。いつか会いたいと思っていた。そう願えたからこそ、こじらせながら生きてきた。九年だ。ぜったいに会えないと知ってなお、想い続けることはもうできない。

 泣き声がよっぽどひどかったのか、宇津々さんのちんぽはへにゃへにゃ萎み、勘弁してよとため息をつかれた。勘弁してほしいのはこっちのほうだ。新着メールがたまっていた。

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