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休日は幸輔と映画を観る。動画が観られるならと誘ったら予想以上に食いついたので、以来そうして過ごすことが多くなった。パソコンで再生すれば幸輔もブラウザのどこかでいっしょに閲覧できるらしい。こういうの、ふつうに付き合ってるときもやってみたかったなと思う。
「九年ってめちゃくちゃ長いけど、今の時代に死ねたのはラッキーだったよな。ネトフリで映画見放題だし、音楽もYouTubeで聴き放題、ぶっちゃけFPSもかなりハマった。なんかこう、実体があってその世界をウロウロできるってのが楽しくて、一時期すげえ課金してたんだよね」
映画を観ているときは幸輔のメールに気づかないことが多いので、棒読みちゃんというソフトをインストールした。入力された文字を合成音声が読み上げてくれるシステムで、Skypeでも使える。いちいち画面を切り替えなくて済むので便利だ。おれもチャットに打ち込むのがめんどうになり、ヘッドセットを買った。おれがしゃべりかけると幸輔が文字で応え、それを棒読みちゃんが音読する。話しかけると声が返ってくるのがおもしろく、家にいるときのやり取りはSkypeを使うようになった。
「おれこの人好き」
余命幾ばくもないじいさん二人が病室で出会って意気投合し、死ぬまでにやりたいことをいっしょに叶えていくという話だ。白人のじいさんがアップで映っているシーンだった。七十代くらいか? 角張った顔をした偏屈なじじいで、眉毛が威勢よくひん曲がっている。
「なに、おまえ老け専なの?」
「バカ。名優だよ。見たことない? シャイニングとか、ディパーテッドとか」
「幽霊がホラー映画の話をするな」
棺桶リストというのが出てきた。死ぬまでにやりたいことリストのことだ。「荘厳な景色を見る」とか、「見ず知らずの人にやさしくする」とか、「涙が出るほど大笑いする」とか。「世界一の美女にキスする」や、「タトゥーを入れる」なんてのもあった。そういうのいいな。おれもどうせなら死ぬ前にパーッと遊びたい。そう思っていたら幸輔も同じようなことを言い出し、もう死んでるのに変なやつ、でもいっしょにできたらいいよなぁと、無意味なことをぼんやりと考えてしまった。
つまり、宇津々さんとセックスしたのはそういうわけだった。会いませんかとおれが誘った。ゲイ専用の出会い系アプリをダウンロードしたのがきっかけで、最初は実験のつもりだった。幸輔がどこまでおれの行動に干渉するのか知りたくて、でもたぶん、下心もあったと思う。おれはセックスがしたかったし、それはもう幸輔じゃなくてよかった。
宇津々さんは四十代後半のおじさんで、高校から大学までラグビーをやっていたらしい。だから筋肉質でがっしりした体つきですとプロフィールにあり、それでいいねを送った。アプリに載っている写真は顔のところで見切れていて、雰囲気しかわからなかったがそれもよかった。おしゃれな柄物のシャツだ。先輩に少し似ている。
待ち合わせ場所に先輩が現れたらどうしようなんてくだらないことを考えた。期待するとあとからがっかりするかもしれない。先輩は舞台役者なだけあって顔がよく、ヒゲも似合った。どうせ厨房は客から見えないからと、ときどき剃らずに出勤するのだ。おれはそのくたびれた感じも好きで、ヒゲヅラの先輩に会うと一日得した気分になった。
その日は雨が降っていて、例年よりも遅めの梅雨入りだとLINEニュースが報じていた。先輩は寝坊したらしく久しぶりのヒゲヅラで、いつもならよく拝んでおこうとなるのに意識してしまってだめだった。バイト中はなるべく見ないように過ごしたが、そんなときに限って客足が悪く、なにもかもうまくいかない。
先輩は最近彼女とはどうなのとしつこく訊いてきた。どうもなんも、ふつうですよ。言いながら、ふつうってなんだろうなとぼんやり考えた。人生を数値化できたとして、その平均値みたいなことだろうか。いいねや閲覧数なんかと似てる、か? 違うか。まあ少なくとも幽霊と付き合うとかではない。
「おれなんか最近ゲームばっかしてるよ。見る? おれの推し」
先輩がスマホの画面を見せてきて、嫁のコルネちゃんだと教えてくれた。何回もリセマラしてようやく手に入れた☆5キャラらしい。ピンクの髪にぱっつん前髪のかわいい女の子だった。
コルネちゃんとはぜんぜん似てないが、幸輔も同じようなものだと思った。会えないし触れない、ネットの中にしかいない。先輩がスマホを軽くタップすると、コルネちゃんがかわいい声でしゃべりだした。合成音声の棒読みとは違う。
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