そういうわけで、幽霊とメールすることになった。ほとんど脅されたようなもんだったが、言うだけあって幸輔はえらくマメで(まあ暇なんだろう)返事は二分と待たないし、おはようもおやすみも欠かさない。たまに写真を送るとよろこぶので、昼は素麺を食べたとか、セールでたまごが安かったとか、どうでもいいことでも写真を撮った。幸輔はネットから素麺とたまごを使ったバズレシピを見つけてきて、URLを送ってくれた。気に入ったので何度か作った。独り暮らしも長いのに、まともに自炊を続けるのはこれがはじめてだ。

「健司さあ、もしかして彼女できた?」

 メールをはじめて二週間が経っていた。まあ多少浮かれていたこともあり、そういうのが外に漏れていたのかもしれない。バイト中、炭火で焼き鳥を炙りながら先輩が言った。

「彼女、っていうか、似たような感じのは一応」

「うっそ、まじか、おめでとう。おれの知ってる人?」

 八本を同時に炙って、焼けたものから端のほうに避けている。大きな手がてきぱき動くさまがおもしろくて眺めていると、そのうちの一本をくれた。

「知らない人。先輩にはまったく関係ない人です」

「冷てえ。でもよかったな。そんで、彼女さんは健司のバンドを応援してくれてんの?」

 バンド。久しぶりに聞いた言葉だ。

 幸輔と話していていくつか気づいたことがある。まず、あいつの知識はネット上にある情報や記録のみで完結している(と言っても、写真や動画を見ることはできるし、ネットニュースなんかも頻繁にチェックしているらしいから、最近の流行はおれのほうがうといくらいだ)。だからネットに載ってないことについては一切わからない。おれが現実世界でなにをしているとか、どこにいるとかはTwitterなんかで呟きでもしない限り知らない。そして、おれがネットに匿名で書き込む場合は、現実のおれと匿名のおれとをつなぐなにかがなければ判別できない。逆に言えば、名前やメールアドレスなんかを載っければ一発でバレる。そうやっておれの情報をいっこいっこかき集めて、ネットの中で虚構のおれを形作っているらしい。つまり、ネット上のストーカーとなんら変わりなかった。

 Amazonのアカウントがバレたのはどういうわけかわからないが(そしてめちゃくちゃ恐ろしい話だ)、購入履歴を知っているということは住所が九年前とは違うのも気づいてるんだろう。大学中退後に上京し、以来ずっとボロアパートで暮らしている。幸輔がいなくならなければ、死ななければ、実家を飛び出すことも、ライブハウスを転々とすることも、職場でバンドマンだと嘘をつくこともなかっただろう。東京で生きるためにはそれなりの理由が必要だ。せせりをうまそうに食っているこの先輩も実は役者志望で、ときどき舞台で演じているらしい。

「どうだろう。わからないけど、貯金はしなきゃなと思います。もっとちゃんとした仕事探すかも」

「そっかそっか。でも、おれは応援してるよ。健司がどんな道を選んでも」

 先輩は少しさみしそうに言った。もらった鶏皮は表面がパリパリしてうまく、この人は焼き鳥屋をやればいいのにとちょっと意地悪なことを考えた。幸輔はおれがバンドマンを騙っていることを知らない。知らなくていい。

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