件名:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:ケンへ


 ごめん。うまい説明が思い浮かばなかった。

 仕事的な意味でってことだったら、ほんとになんもしてないよ。

 ネット上をさまよってる。ときどき釣りとかしてるよ。フィッシング詐欺ってやつ。結構大漁のときとかあってさ。

 まあでも、ほんとそれくらい。たくさん釣れたからって寿司食べに行こうともならない。

 信じてくれるかわからないけど、もうおれ実体がないんだよ。幽霊みたいな感じ。っていうか幽霊なの。

 ネット上にある記事とかサイトはよく見てる。悪いとは思ったけど、おまえの中学生のころのブログも全部読んだよ。URL、メールのアドレスといっしょにしてんだもんなあ。勘のいいやつにはすぐ見つかっちゃうよそれ。まさかクレジットカードのパスワードがSNSのやつと同じだったりはしないよな?


 ごめん、話それたけど、詳しいことはリンク貼っとくからそれ読んどいてくれるかな。一応言っとくけど、フツーのブログだよ。おれの妹のブログ。もうずっと前から更新止まってるけどね。

 これも見つけたんだよ。誕生日とか名前とか、推測しやすい文字列をIDやパスワードに設定するのはあぶねーよ、ほんと。暇だからそういうことばっかやっちゃうんだよな。ときどき掲示板に書き込んだり、それこそチャットで暇潰したりしてたんだけど、あんまり楽しくないからやめちゃった。ウイルスもらっても怖いしさ。


 おまえに連絡しようかどうかずっと悩んでたよ。まあでも、しないほうがいいんだろうなっていうのはわかってた。送っちゃってからこんなこと言ったってしょうがないんだけど、ほんとうはしないつもりだったよ。ごめんな、今さら。




 かなりあやしかった。幽霊からのメールなんて、基本無視したほうがいいに決まってる。

 メールの最後にはURLが貼られていて、いわく、それが妹さんのブログということだった。不審なサイトにアクセスすると個人情報を抜き取られたりなんかするらしいので、こういうのは放置に限る。のだが、見てしまった。もうなんでもいいやと思った。

 URLにカーソルを合わせてクリックすると、たちまち画面が切り替わった。白地に黒と黄緑のテキストカラー、シンプルなブログページだ。



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(タイトルなし)


 しばらく学校をお休みしていました。


 先週の木曜、数学の授業中に担任の先生から呼び出されて、「お母さんから緊急の電話が来てる」と言われた。

 職員室に行って電話に出ると、

「お兄ちゃんが車にはねられて、今病院にいる。お父さんが迎えに行くから、急いで病院に来て」

 先生はすでに聞いていたようで、わたしのスクールバッグと水筒は正面玄関に用意してあった。

 校門までは担任の先生と校長先生がいっしょにいてくれた。

 5分後にお父さんの車が来た。


 お兄ちゃんは普段、東京にいる。

 春休みのあいだの一か月くらいをこっちで過ごす予定だった。

 お兄ちゃんをひいてしまったおじさんは、酒気帯び運転だったらしい。


 わたしが病院についてから6時間後、お兄ちゃんは死んでしまった。


 お兄ちゃんは大学進学で東京に行ったから、この家でいっしょに暮らしたのは、もう4年も前。

 最近はしばらく顔を見てなかったし、帰ってきてもめんどくさいと思ってた。


 でも、長期休みやお正月にはまた会えるってわかってたから、今までさみしくなかったんだと思う。

 死んじゃうなんて思ってなかった。


 こんなことになるなら、もっとやさしくしてあげればよかったな……。



02.10 (Wed) 20:08|未分類|コメント:4|TOP▲


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 それ以降、ブログの更新はなかった。最新記事の更新は九年前。ということは、音信不通になったのは交通事故が原因、ってことか? わからない。考えると頭が痛くなってきてやめた。

 アーカイブを確認すると総記事数は十五にも満たなかった。だいたいが学校や部活に関するもので、好きなアーティストの新曲やドラマの感想を書き連ねたものもある。そのうちで兄について触れられているのは、最新の記事を除くと一件しかなかった。正月に兄が帰省してきたという内容だ。


  お正月休みだから、お兄ちゃんが東京から帰ってきた。

  暇なのか知らないけど、わたしの漫画を勝手に読むのやめてほしい。

  今年もお年玉はくれなかった!


 そのあと、出前のお寿司を食べたとかお正月の特番がおもしろかったとか新年らしいエピソードが続いたのちに、写真があった。ベッドフレームに寄りかかって漫画を読む青年。斜め上から隠し撮りしたようなアングルで、おそらく妹が撮ったのだろう。投げ出された素足が無防備で羨ましかった。よほど気をゆるした相手じゃないとこんな写真はきっと撮れない。

 柔らかそうな髪質、そういえばくせっ毛がコンプレックスなのだと言っていた。首にタオルをかけているから、風呂上がりかもしれない。部屋着らしいラフなジャージ姿は腰のゴムがゆるいのかトランクスが覗いていて、派手なアディダスのロゴが田舎のヤンキーみたいだ。

 おれは今まで、三頭身のスーパーサイヤ人みたいなギラギラした男を引き伸ばすようなイメージで幸輔の姿を思い浮かべていた。それしかなかったからだ。チャットルームには好きなアバターを選んで入室する。幸輔がいつも使っていたアバターは戦わないサイヤ人みたいなやつで、幸輔は「髪型がつよそうだから選んだ」と言った。ネットでは自分のなりたい自分になれる。幸輔のふわふわした髪は、実家で飼っていたゴールデンレトリバーに似ていた。

 このブログを書いた少女が幸輔の妹だという話は、たぶん事実なんだろうとなんとなく思った。どこまでがほんとうでどこからが嘘なのかわからない。幸輔はいつの間にか死んでいて、それなのに今さら実体を持たず帰ってきた。迷惑メールの件名コレクションを思い出す。謎の富豪とムラムラ女と幽霊の幸輔、うさんくささで言えばどっこいどっこいで、こんなの引っかかるやつは相当なアホだ。でもなぜか信じてしまった。たぶんおれはアホなんだろう。写真は右クリックで保存した。

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