第59話 事件、ふたたび
永徳との面談から帰ってきたあとしばらくは、鈴華の傍若無人ぶりは鳴りを潜めていた。
与えられた仕事を淡々とこなし、出来上がってくる成果物もさすが大手新聞社出身というもので。あやかし瓦版の編集部員たちは、ほっと胸を撫で下ろしていたのだが。
6月ももう終わろうかという時、事件はふたたび起こった。
「え? 笹子屋の記事……がですか? 承知いたしました。急ぎ確認をして折り返します」
編集室の電話が鳴る。即座に受話器を取り、応対していたマイケルだったのだが。もともと青白い彼の肌が、白さを増していく。それに気づいた赤司が声をかけた。
「なんだマイケル、どうした。誰からの電話だ?」
「あぁ、赤司さん……。あの、菓子司の笹子屋の記事って、担当どなたでしたっけ」
「鈴華だな」
それを聞いて、マイケルは片手で顔を覆う。
「やっぱり……今の電話、あやかし女子オンラインの編集部からだったんですが。うちの笹子屋の記事、先方が書いた記事のコピーじゃないかという問い合わせで……」
「なんだってぇ?!」
「おや、私の噂話かにゃ?」
天袋が開き、鈴華がするりと降りてくる。見事着地すると、その場で毛繕いを始めた。
「お前、あやかし女子オンラインの記事、コピーしたのか?」
ワナワナと震えながら問い詰める赤司に対し、鈴華はなんでもないことのように飄々としている。
「あー、あれ。たいした仕事じゃないので、取材に時間を割くのももったいなく。オンラインリサーチですましたにゃ」
「にしてもまるまるコピーって……、これ、お前だけじゃなく、あやかし瓦版の信用問題にかかわるぞ!」
顔を真っ赤にして怒る赤司はいまにもなぐりかかりそうな様子で。佐和子は慌てて赤司の両肩を掴む。
「今大きなネタを追ってるにゃ。時間が惜しいので、そういう小さいネタは他の編集部員がやったらいいにゃ」
大きな瞳をくるりと回し、鈴華は視線を佐和子にあわせる。
「そこの人間、佐和子と言ったかにゃ。なんでも編集長の嫁候補だとか。色目使ってここにはいりこんだのかにゃ。あんたがそういうのはやればいいんじゃないかにゃ?」
佐和子は鈴華を睨み返す。いくら自由なあやかしだろうと、言っていいことと悪いことがある。
「私は、自分で選んでこの仕事をしています。笹野屋さんがどうとかは関係ありません」
「ふうん、ほんとかにゃあー。さて、小腹が空いたにゃ。おやつ休憩をとってくるにゃ」
そう言って鈴華は、ひらりと身を返し、ふたたび天袋の中へと戻っていく。
怒りが収まらない赤司は顔を真っ赤にして舌打ちをした。
「まっったく反省してなかったんだな、あいつめ」
鈴華が逃げてしまい、連絡も取れなくなってしまったため、マイケルは永徳に電話をかけ指示を仰ぐ。外出中だった永徳は、用事がおわったあとそのままあやかし女子オンラインの編集部へ謝罪に行くことになった。取り急ぎ記事については削除対応に。
その場に居合わせた編集部員たちは頭を抱えた。
念の為と調べてみれば、次々記事のコピペが判明し、週いっぱい編集長が謝罪に走り回ることとなる。
週の後半にさしかかる頃には、さすがの永徳の顔色にも疲労の色が滲み始めた。
金曜の日暮れ、ハッピーアワーに繰り出すあやかし編集部員たちを尻目に、佐和子は最後の仕事を片付ける。
ちらりと編集長のデスクに視線を向ければ、永徳はまだ机に齧り付いていた。おそらく謝罪に追われて、自分の仕事が終えられなかったのだろう。
––––いくら体は疲れないっていっても、心は疲れてるよね。
佐和子は一度襖から出て、台所でお茶を淹れた。湯気の立つ湯呑みを手に編集室にもどれば、永徳はあくびをしながら伸びをしている。
「おや、帰ったんじゃなかったのかい?」
「仕事は終わりました。……今は、笹野屋さんの恋人としてここにいます」
「おや、嬉しいことを言ってくれるねぇ」
佐和子はデスクに2人分の湯呑みを置く。するとそっと伸びてきた腕が、佐和子の腰を引き寄せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます