第58話 敏腕ライターの正体
初日の大暴れの翌日、鈴華は永徳に呼び出されると、両耳を垂れさせ、すまなそうな様子で編集室に現れた。話は別室で、という永徳のあとを、萎れた尻尾を引き摺りながら歩いていく。その様子を見ながら、編集部員たちはヒソヒソと話し合う。
「ねえ佐和子、あれ、反省してるように見える?」
首だけ伸ばし、佐和子の真横にやってきた刹那が尋ねる。
「見た目だけは申し訳なさそうだったけど、やったことがやったことだからねえ。なんとも言えないね。新人さんのこういうトラブルって多いの?」
「まあ、だいたい初めは荒れるわな。宗太郎もやってきたばっかりの時はしょっちゅう衝突起こしてたし。なあ、宗太郎?」
ひょっこり机の下から姿を表した小鬼の蒼司がそう言えば、宗太郎が口を尖らせる。
「初めは誰にでもあることだろうが! しっかし、敏腕ライターって友達から紹介されたのによ。初日からやらかしてくれたぜ」
「ちなみに、鈴華さんって、以前はどこに勤めてたんですか?」
佐和子の問いに、宗太郎は得意げに答える。
「よく聞いてくれたな。大手も超大手。日本あやかし新聞で働いてたんだ」
「日本あやかし新聞……?」
そのメディアが有名なのかどうか判別できず、困った顔をしていれば。すかさず刹那がフォローを入れる。
「確かに大手ね。経済ニュースから娯楽まで扱う、総合新聞社だけど。あそこって、基本記名記事じゃなかったかしら?」
あやかし瓦版では、ほとんどのニュースに記者の名前を書かない無記名記事なのだが。メディアによっては記名記事を基本とするところもある。
「ちょっと検索してみましょうよ、鈴華の記事」
そう言って刹那は、日本あやかし新聞のサイトのトップページを開く。検索窓に鈴華の名前を打ち込むも、結果は〇件。それをみたあやかしたちは、顔をあわせる。
「……どういうことだ?」
「宗太郎、鈴華を紹介してきた友達って、どこに勤めてるあやかし?」
「日本あやかし新聞の記者だけど」
「やられたわね」
「やられたってどういうことだよ」
ムッとした顔の宗太郎に向かって、刹那はため息をつく。
「記名記事基本の日本あやかし新聞社で、記名記事が見当たらない。だけど紹介者は同社の記者、初日からの鈴華のこの振る舞い。これだけ並べたらわかるでしょ。問題起こして、記事を消されてんのよあの子」
編集部員たちの顔が固まる。
「つまり、厄介者を押し付けられたってこと?」
おそるおそる佐和子が問えば、刹那が頷く。
「そゆこと」
「マジかよ……! 日本あやかし新聞からの紹介なら身元は確かだと思ったのに……!」
崩れ落ちる宗太郎を、皆が可哀想なものを見るような目を向ける。
「まあ、もう編集長が採用しちゃったんならしょうがないわ。アタシたちが勝手に追い出すことはできないし。ただまあ、嵐が起こることは覚悟しないとねえ」
両手を床について動かなくなった宗太郎を残し、編集部員たちは自席に戻っていく。
–––-笹野屋さん、大丈夫かなあ。
優しい永徳のことなので、即クビ、ということはしないだろう。なんとか鈴華がまともに仕事をしてくれるように尽力するだろうし、彼女によって引き起こされるトラブルの対処も、他の編集部員たちには影響が出ないように自分が引き取るはず。
未だ編集室へ帰ってこない永徳を心配しつつ、佐和子はパソコンへと向かった。
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