第44話 取材企画は難しい

「うーん、やっぱりなかなか難しいなあ」


 佐和子はひとり、編集室から電車で三十分ほどの場所にあるバーベキュー場に来ていた。


 管理人には「イベントの下見」と伝え、中に入れてもらっている。

 ロッジ併設で、泊まりでバーベキューができる場所だ。最近リフォームしたばかりということで、なかなかおしゃれな作りになっている。


 ––––自然の多い場所で、道具も全部借りてバーベキューができるっていうのは、もしかしたらあやかしにとって面白いかなあと思ったんだけど。


 佐和子は腕を組み、うんうん唸る。こうした施設は管理者の人間が色々と説明はしてくれるが、逆に言えば常に人間の監視下にあるとも言える。

 管理人に対してあまりにも的外れな質問をしたり、奇怪な行動を繰り返せば、警察に通報されかねない。実際に現場を見にきて、利用方法のレクチャーを受けてみて、あやかしがこうした施設を利用することの難しさを感じた。


「やっぱり私は人間だし、『あやかしの感覚』は完全には理解できないなあ。編集部の誰かに相談してみようかな……。ひとりで悩んでいても仕方ないし」


 食事用に用意されているテーブル席について、佐和子は現場を見て発見したことをメモをまとめる。また取材先候補に一つバツがついてしまったわけだが、以前のように気持ちが急降下してしまうことはもうない。


 春原のことがあってから、自分の心を締め付けていたものが一つ外れた気がした。

 あやかしたちの幸せのために、有益な情報を提供すること。そのために必要なのは、自分の評価を上げるために無理な努力をすることでもなく、ひとりで頑張ることでもない。力を合わせて、いい記事を作り上げ続けること。


 そのためには、自分をあまり追い詰めないことも大事なのだ。


 そう思えるようになってから、心にはゆとりが生まれ、より仕事を前向きに楽しめるようになってきたように思う。


「……よし! ちょっと散歩しながら帰ろう」


 今日は曇天だが、雨は降っていなかった。佐和子は荷物を持って、出口へと歩き出す。


「そうだ、ここに来るときに通った、和菓子屋さんで差し入れ用のおやつを買っていこうかな」


「おや、それは名案だねえ」


 隣からいるはずのない人物に声をかけられ、佐和子は身を跳ねさせた。


「さっ……笹野屋さん!」


 長身に山高帽、紺色の着物を着た永徳がバーベキュー場のベンチに腰掛け、こちらに手を振っている。


「やあ葵さん。下見お疲れ様」


「突然現れないでくださいよ。そして独り言に答えないでください」


「仕方ないじゃないか。君が恋しく……うおっと」


 永徳はしまった、という表情をして、片手で自分の口を押さえた。


「え? なんですか? どうしたんですか?」


「いや、なんでもない」


 いつもの軽口が飛び出しそうになったように思ったが、永徳は言い切らずにそれを止めた。佐和子が不思議そうな顔をしていると、永徳は気を取り直すように咳払いをする。


「葵さん、取材の依頼だ。君と僕とで行く」


「承知しました。今からですか?」


「うん、そうなんだけど……。ただ、ちょっとね。厄介なんだ、取材先が」


 気乗りしない様子の永徳を見て、佐和子は警戒する。


「厄介? もしかして、とっても危険なあやかしが取材先なんでしょうか」


 頭を横に振った永徳は、心底行きたくない、という表情を浮かべながら佐和子の質問に答える。


「取材先がね。サトリの里なんだよ。最近ダンス動画に凝っているらしくて、何やらそれに関連した催し物を企画しているらしい」


「サトリ……ってあの、心を読むサトリですか」


「そう。そうなんだよ……」


 深いため息をつく永徳を見て、佐和子はなんとなく嫌がっている理由を理解した。


 ––––いつもふわふわヘラヘラしている笹野屋さんのことだから、自分の本心を読まれるのがものすごく嫌なんだろうなあ。


 珍しく後ろ向きな永徳を見て、佐和子は密かに笑ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る