第45話 サトリの里
バーベキュー場の出口から術を使って飛んだ先は、森の中だった。
聞けばここは山梨県西八代郡の山の中だという。濡れた土の匂いが薫っている。ここ最近の雨続きで、森に生える植物はどれも生き生きとしていた。
「サトリって、山梨に主に住んでいるんですか?」
「いや、目撃情報は日本各地にあってね。東北・中部・中国・九州地方、東京の近くだと神奈川県とか。山中に集落を作っているようだよ」
「へえ。で、笹野屋さんはなんでそんなに嫌そうな顔をされているんですか? 心を読まれても、別に読み上げられるわけではないですよね」
そもそも、大魔王の息子なのだから、読めないようにすることもできるのではないだろうか。
「彼らはおしゃべりなんだ。読んだ内容もすぐ口にだす」
「ああ、それはたしかに嫌かも……」
「余裕のある嫌がり方だねえ。葵さんは俺と一緒にいて、読まれたら困るようなことを考えたりしないのかい?」
「しませんね」
「ああ……そう……」
萎れた様子の永徳が先導し、山の奥へと進んでいく。開けた場所に出たかと思えば、木と木を繋ぐように、しめ縄がかけられた楠木が現れた。
「ここだね。葵さん、手を。結界を越える時はぐれてしまっては困るから」
「はい」
永徳の手を握り、しめ縄のかけられた木々の間を潜る瞬間、視界がまるで水に潜ったかのように歪んだ。
「ここがサトリの里だ」
ぼやけた視界がだんだんと焦点を結んでいく。その過程で現れたものに、佐和子は腰を抜かしそうになった。
川天狗の集落は、近辺の木を伐採して作られたログハウスが建てられていたが。ここ「サトリの里」はまた雰囲気が違う。イメージとしてはサイバーパンクの世界観が近いだろうか。近代的なビルに、どぎつい色のネオンや、電子掲示板がそこにはあり、高度に発展した近未来の東京の裏通りを切り抜いて持ってきたような場所だった。
「これ、森……の中ですよね?」
「森の中だけど、建物の中だね」
「え? 建物の中ですか?」
「空を見てごらん」
永徳に言われて、佐和子は空を見上げる。そして気付いた。自分が空だと思っていたそこが、天井に描かれた絵だったことに。
「うわ、本当ですね。なんか、映画のセットみたいです」
よくよく見れば建物群も、遠くに見える高層ビルなどはハリボテだ。
「そうだねえ。しかし困ったな、取材依頼者らしきサトリの姿が見えない。結界から入ってすぐの場所で待っているはずなんだけど」
キョロキョロと辺りを見回しながら進んでいく。赤い革張りの丸椅子が置かれた屋台、大量のパソコンが売っている電気店、巨大なディスプレイが複数取り付けられた塔のようなもの。目をひくものはたくさんあれど、サトリの姿が一人として見当たらない。まるでゴーストタウンにきてしまったようだ。
サトリを探しながら歩いていけば、街の突き当たりには壁があった。やはりこれは、とても大きなコンクリート造りの建物なのだと、改めて認識する。
突然、パチン、と指を鳴らす音が聞こえた。
佐和子と永徳は音の方へ振り返る。
室内のライトが急に絞られ、薄暗くなった中に五人の人影が照らし出された。
どこからともなく音楽が流れ出し、軽快なステップで五人が踊り出す。
一糸乱れぬしなやかで伸びのある動きに、佐和子は目を奪われた。
まるで人間のプロダンサーが踊っているのを見ているようだ。
「マイケル・ジャクソンのビート・イットだね」
永徳がそう言えば、照明にダンサーたちの顔が照らしだされる。
シルエットは人のようだったが、現れた顔は猿かヒヒのような毛むくじゃらの顔。体は朽葉色の体毛で覆われていて、佐和子よりも体が小さい。
怯えた様子を見せては失礼だと思い、極力無表情を決め込んでいたが。初めて見るタイプのあやかしの姿に、佐和子はまじまじと見入ってしまう。
『すごい。あやかしでもダンスなんてするんだ』
『素晴らしいキレだね』
甲高い声が、そう言うのが聞こえた。
「笹野屋さん、これ、もしかして私たちの心の中を読み上げられてます?」
「そうだねえ。はぁ。ほんと、やめて欲しいよねえ」
永徳の心の中も読み上げられたところを見ると、彼でもサトリの能力を防ぐことはできないらしい。
横一列に並んだサトリのダンサーたちが、真ん中から列を割って左右にはけていく。
すると奥からスーツを着た猿、いや、サトリが立っていた。彼は永徳と佐和子のすぐ目の前まで、ゆっくりと歩を進めてくる。
「本当に読めるんですね、心を。びっくりしました」
軽くお辞儀をしたスーツのサトリに向かって佐和子がそういえば、彼は口角を上げて、黄色い歯を見せた。
「まったく、勝手に読むのはマナー違反じゃ無いかね。で、身なりを見るに君が頭領かな?」
問われたあやかしは、永徳に向かって胸をはる。
「サトリの里、頭領の白樺と申します。笹野屋永徳殿ですね? 本日はようこそお越しくださいました。心のうちを読み上げてしまいますのは、我らの特性なのです。どんなに遮断しようとしても、目の前の相手の声は聞こえてしまいまして。そして聴こえれば、読みあげられずにはいられない。ご容赦ください」
「頼むから、読んで声に出しちゃまずいような心の声が聞こえたら、黙っておいておくれよ。読み上げた瞬間、俺は帰るから」
永徳はくしゃくしゃと、クセのある髪を片手でかき回す。
「して、そちらは?」
毛むくじゃらの顔がこちらを向き、どきりとする。
「俺の嫁候補兼編集部員の葵さんだよ」
「ご本人は、『嫁候補ではないんですけど……』とおっしゃっておりますが」
また心を読まれてしまったようだ。困った顔をしつつ、永徳は佐和子をチラリと見る。
「その話は横に置いておいて、本題を進めようじゃないか」
さっさと話を切り替えようとする永徳に構わず、白樺は興味深げに彼の顔を眺めている。
「嫁候補だなんて、ご紹介されるところを見るに。笹野屋殿は佐和子殿のことが相当お好きなんですね、今も……」
「白樺! 読み上げたらほんっとうに帰るからね?!」
慌てて永徳の着物の袖を佐和子がつかむ。いったい何を読み上げられそうになったのかはわからないが、ここで帰っては話が進まなくなる。佐和子を見て複雑な表情を浮かべた永徳は、葛藤の末感情を抑えたらしい。
「……次はないからね」
少々不機嫌気味の永徳に、つかみどころのない笑顔で白樺が返す。
「肝に銘じておきます」
苦笑いをする佐和子と、心を読まれないように気を張っているのか、難しい顔をした永徳は、白樺に案内され近くのテラスに腰掛けた。
「しかし、すごいつくりだねこの建物は。これは動画のために?」
気を取り直したのか、キョロキョロと辺りを見回しながら永徳がそう言えば、白樺は頭を掻きながら微笑んだ。
「ええ、そうです。どうせなら撮影映えする建物に、里全体を作り変えてしまおうということで、このようになりました」
「動画撮影のためにこんなことになってるんですか?!」
メモをとりながら、佐和子は顔を上げる。
「それだけこの取り組みに、一族総出で熱を入れているんですよ」
「なんでまた、ダンス動画を……」
佐和子の問いに、少し寂しげな笑顔を向けた白樺は、ポツポツと語り出す。
「サトリはその特性ゆえに、他のあやかしから疎まれているのです。それが私は悲しくて。自分が頭領になった時、サトリのイメージアップになるようなことをしたいと考えたのです」
こちらを見てください、と、手近にあったディスプレイの電源を白樺が入れる。そこに映し出されたのは、サトリの集団が踊る動画。先ほどのダンスも凄かったが、人間世界の流行の曲をいくつも組み合わせた音楽と共に、コミカルに踊る様子は、見ていてとても楽しい。
「あやかし世界でネットが普及し始めたとき。これは使えるかもしれないと思い、個人的に研究しました。人間世界のネットも参照しながら、インパクトのある取り組みが何かできないかと。その後登場した、動画プラットフォームを見た時、これだ! と思いまして。仲間内でやっていたダンスの動画を投稿してみました。今ディスプレイに写っているこれが、第一弾の動画です。そうすると劇的に閲覧数が伸びました。サトリが作ったダンス動画にも関わらず、です」
「いいところに目をつけたねえ。文字のコンテンツや、単純なイベントより、動画はコンテンツが面白ければ誰にでも見てもらいやすい」
永徳は白樺の説明に頷く。
「おまけにネット回線を介したコミュニケーションでは、私どもは、心が読めないことがわかりました。皆さんが私どもを毛嫌いする要素を、ネット上では取り除くことができるのです。つまりネット上であれば他のあやかしたちと交流するイベントなどもできるということです」
「なるほどね。で、それが、メールで言っていた『特別な催し物』に繋がるわけだ」
永徳の問いに、白樺は顔を皺くちゃにして笑うと、待ってましたとばかりに資料を取り出す。
「ええ。今回あやかし瓦版で紹介していただきたいのは、サトリのイメージアップのための、サトリの里主催のオンラインダンスコンテストなのです」
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