第5話 決着
エリアルの剣戟は出鱈目で型も何もあったものではない。しかしこれだけは言える。
強い。たったそれだけの言葉で、彼女の地を砕く重たい一撃は表現できる。空中に止まっているような滞空姿勢を保ちながら、何度も何度も剣を振り下ろすエリアル。小柄な身体で重たい鉄の剣を軽々と振り回すその筋力は尋常ではない。
「今までのエリアルじゃない! ぐあっ!」
「いひっ、いひひひっ」
蓄積されている経験や知識は紛れもなく彼の方が上だ。彼女の不規則な攻撃をこうも見抜けるのは苦難を乗り越えてきた彼だからこそだろう。彼女は上回るそれらを、ただ純粋な暴力で理不尽に圧倒していく。彼女の瞳に浮かぶ魔法陣が赤く煌く時、その速さは更に加速する。
集中的に剣を受けた事により、カムラの剣に入っていくひび。なおも止まない剣の雨にそれは次第に歪に拡がり、そしてエリアルの最後の一振りで金属音と共に折れた。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
受けられる武器の無くなったカムラに振り下ろされる凶器が、彼女の振り下ろした剣が彼の胴体を深く斬り裂いた。斬られた彼は立てなくなり、膝を着いて動かなくなる。
「カムラにもあっさり勝っちゃった。あたし、こんなに強くなっちゃったんだね」
勝ちたい目標でさえもあっさりと倒してしまった彼女であるが、満足には達しておらず、すぐさま次の目標へと足を運び始める。
「ボスはどこかなぁ」
剣に付着した血を余さずに舐めながら、おもむろに足を進めていく彼女と、力にあやかって背後に寄生するばかりのボスの座す広間に舞い戻る。
「ご主人様、もう少しでお金が……ウゲェ!」
言葉を口にしかけたところで、エリアルが巨大な腕に吹き飛ばされる。彼女は壁に叩き付けられ、そのまま床に落下して一瞬動かなくなる。
「よくも俺の可愛い手下共を倒してくれたな……裏切り者のエリアルよ」
「はぁ……」
「むっ」
「強くなっても中々痛いね。流石デッドフォックス最強を自負しているだけはあるよ」
彼女は不意を突かれた重い一撃を受けてなお、擦り傷程度のダメージしか負っていない。身体もあのスピードを即座に出せるコンディションを保っており、最早不死身かとテムズは驚き、彼女を二度見してしまう程。
「やっぱり戦いは避けられないか」
あれだけの騒ぎを巻き起こしてボスにバレないと考えていたのは少々楽観視が過ぎていた。テムズはボスの強さはカムラすらも優に超えていると初対面から認めている。
「魔術師よ……私の名はデッドフォックスが頭領、クラシド。死の間際までその名、刻み付けておくと良い」
「俺はテムズだ。戦いはそこにいる奴隷エリアルに任せるが、名乗られた以上は名乗っておくのが義務というものだろう」
「エリアルが私に牙を剥いたのは、貴様の差し金か。エリアルは人一倍我が組織への忠誠心が高かった。それが裏切るというなら、何らかの裏があると考えるのが常……」
「はい! あたし、ご主人様に不思議な魔術に掛けられて幸せなんです。デッドフォックスのみんなといるより、頭の中がぽわってして、これからボスを負かすって考えたらもっとぽわってなって、こんなに幸せになれるのなら、ご主人様に付く以外はもう考えられなくなっちゃいますよ。だからボス……」
剣に付いた血を払う彼女はさっき吹き飛ばされたのにもかかわらず、物怖じすら感じていないような迷いの無い前進で目の前の大男へ向かっていく。
「遠慮無くくたばって下さい」
エリアルがちょこまかと動き回り、クラシドを撹乱するが、彼は彼女の動きをなんと目で追っており、正確に動きの先を補足しながら、人の持つものとは思えない巨大な剣を振り下ろす。このクラシド、テムズたちと同じ人間であるとは疑わしい異様な巨体。そんな外見に似つかわしくなく、剣捌きは華麗で繊細であり、エリアルは紙一重で彼の攻撃を避けている状態であった。
「やりますね、クラシドさん! あたしがこれだけ強くなっても避けるのが大変です!」
エリアルはここで初めて謙遜を学んだようだ。しかし彼女の剣の動きは相変わらず最早蛇が獲物を捕らえるために高速で這い回るように映り、その動きをテムズが捉える事は困難を極めていた。
「馬鹿も休み休み言って欲しいものだ。貴様、本当にあの“できずの”エリアルなのか?」
とにかく驚くばかりのクラシドには、時間の経過と共に擦り傷が増えていっている。対照的に、彼より小さい分、大きく動いているエリアルには傷も、ましてや息の乱れも無い。常識の逸脱を外見から体現しているクラシドと比べると、なおさらに彼女の異常性が際立つ。
「ちょっと荒々しく行きますよ」
エリアルたち盗賊たちの持つ剣は特別製にあしらえてあり、そう簡単に砕けない。それで岩盤を砕き、彼の視界を塞ぐエリアル。雑ながら姿を隠すのは、刹那に終わる達人同士の戦いにおける常套手段。
これには単なる目眩しの意味だけでなく、攻撃も兼ねてある。
「ソフィアシールド」
テムズを取り囲む岩塊たちを、彼は得意の防御魔術で退ける。迷惑そうに眉を顰めるテムズに、彼女は申し訳無さそうに頭を下げてから、瓦礫の影に姿を眩ませる。
「ったく、ああいう技は俺に一言言ってからやれ」
小言を呟き、ひび割れて不安定になった地に足を着け、呑気に立ち尽くすテムズ。その上空からは一旦消えていたエリアルが空中戦に打って出ようとしていた。
「ご主人様の魔術……美しかったぁぁぁ! あたしもあの方みたく、華麗な技を使えるようになりたいです!」
彼女は剣の代わりに短剣に得物を変え、手数での勝負を挑む。
「くっ!」
彼女の攻め方がまた別物となり、繊細なかち合いから一転して、エリアルの苛烈で一方的な攻めが展開される。その速さは剣とは段違いで、クラシドが剣を動かす隙すら与えない。
「ぐわぁぁぁ!」
押し切られそうになり、これまで立てていた膝を曲げる巨人。
「いひひ! 強そうなのは見た目だけですかぁぁ!」
エリアルの猛撃は止まらない。
「ま、まいった……」
彼女の熾烈な猛撃に音を上げるクラシドは立つ事すらままならなくなっている。疲労でガタガタと震える足が洞窟であるアジト内を地震でも起こっているように揺らしている。
彼の前には無傷を貫くエリアルが食い下がってきた勇猛果敢なそれを馬鹿にしたような笑みを手向けようとしている。
「まいった……ですか?」
エリアルは彼の降参に納得が行っていないようだ。下唇を噛み、顔を顰めながら、手に持った短剣をクラシドの鼻に突き立てる。
「ぐあぁぁぁぁぁ! うぐぉぉぉ!」
血の噴水で頭を彩る巨体がのたうち回り、アジトには激しい土煙と地鳴りが轟く。エリアルに瞳はそれを映し、大きく黒ずみ、張り付いた笑みはより顔面の肌を引き裂きそうなものへと変遷する。
「ソフィアシールド」
テムズがしていた魔力の温存は無駄な行為だった。アンニュイな物腰で溜め息を吐き、虚無感のままに、ほとんど何も考えずに魔術を再度行使し、移り変わる環境から身を守る。
テムズにとって、一方的にエリアルがクラシドを嬲るのは想定内だが、気に食わない事が一つあった。
「手加減も良い加減にしておけ」
彼女には嗜虐性の高さから、戦いを引き延ばす悪癖があり、魔物との戦いでも終盤は特に顕著であった。何があるか分からない、不確定要素がある戦いの渦中にて、遊びは最も忌避すべきとベテランのテムズは肝に銘じてきていた。
そんな彼から血塗れの彼女に叱責が飛び、彼の声が届いてか、エリアルの笑みが止む。
「畏まりました」
抑揚の無い声で一言呟いたエリアルが改めて取り出したのは、殺傷能力が高い鉄の剣。
「止めろ……」
「デッドフォックスはあたしとご主人様が引き継ぐので、安心して眠って下さい」
クラシドの命乞いも半端に、彼女は彼の喉を引き裂く。窒息死よりも早いのは、大量出血によるショック死。彼は手の一つも動かせないまま、息絶えていった。
「では新しいボスであるご主人様の入団を歓迎しましょう!」
クラシドの部屋の隠し通路をエリアルは知っていた。この奴隷化魔術の副産物として、透視能力の付与と、視力が格段に上がるメリットがあったらしい。エリアルは彼女が知らなかったらしい隠し通路をいとも簡単に見つけ、通路を開通してしまう。
これではクラシドが大事に財宝を隠そうとしていた努力も報われないだろう。
彼の死体を尻目に、鼻で彼を笑うテムズが次に目にしたのは、満面の笑顔を浮かべるエリアルの背後に積み上げられた財宝の山だった。金銀財宝、何でもござれ。おそらく各地で盗んできた財宝の価値は、おそらく金貨2万枚は下らないものであった。
「ご主人様、さっさとこれを持って旅を再開しましょう」
彼ははやる気持ちを抑え、エリアルの袋に持てるだけの財宝を積む。金貨約1000枚分。沢山持って行きたいのは山々だが、二人で持つには金貨2万枚は少々重過ぎた。
「ほら、今日も頑張ったからなでなでしてやる」
テムズがエリアルの頭に巻かれたバンダナを剥ぎ、そこを撫でる。すると頰だけでなく目も赤くなり、口からはよだれが垂れ始める。
「ご主人様のなでなで、だいしゅきぃ。もっともっと、してくれると嬉しいです」
彼女の八重歯から下の歯に細い透明な糸が滴り、後から突き出してきた舌がそれを受け止める。
「はぁ……はぁ……力がまた溢れてきました! うぎぃぃぃぃ!」
また悶え始めたものの、それは力の高まりだと分かり切っていたら、テムズには力も入らなかった。
「はい、また強くなれましたよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。