第三問


 試験会場を出る頃には、雪がチラついていた。

 雪が降ると少し暖かくなる。


「反省会しようぜ、シュンちゃん!」


 教室に来ないので安心していたら、トオルは校門で待ち構えていた。


「イヤだ。どうせおまえのグチ聞かされるだけだろ」

「えー。ケンタッキーおごるからさあ」


 さては、エジプト関連の問題が出たか。


「それより早く帰りたい」

「何だよ、こんな日にまで彼女と会う約束かよ?」


 いないと知ってて、いちいち言うなよ。


 門から駅まで、受験生の行列がゾロゾロと続く。トオルのような妙にハイテンションのやつもたまにいるけれど、ほとんどはただ、流れに身を任せて同じほうへと歩いている。


 電車に揺られ、駅のホームに吐き出される。改札を出る頃には「受験生」濃度もすっかり薄まって、そこは日常の世界だった。

 俺たちが今日、過酷な戦場をかいくぐって帰還してきたことなんて、誰も知らない。関係ない。


「シュンちゃん、天神店で受験生応援パックやってるって、知ってた?」

「え、あそこまで行くのかよ」

「そんな遠くないじゃん。ついでに、天神さんにお参りしとく?」


 チキンの「ついで」でお参りされる神様も、たまったものじゃないだろうな。


「だいたい、行くとは言ってないし」

「ここまで来て、何言ってんだよー」

「無理矢理引きずりおろしたんだろうが!」


 降りるべき駅の一つ手前で、トオルは強硬策に出た。ここから家まで歩いて帰ることを考えると今から萎える。タクシー使ったら、どれくらいかかるんだろう。


「あっ。コロッケもいいな、コロッケ!」


 駅前大通りを下っていくと、なるほど美味しそうな匂いが漂ってきて、トオルはすぐにそちらに釣られた。


 それよりも俺は、なぜかその店先で買い物をしている客のほうが気になる。うしろ姿は、普通の中年おじさんといった感じだけれど。


 おじさんは店員と世間話をしながら、お釣りを小さな財布に入れた。それをポケットに突っ込んで、コロッケの詰まった袋を受け取りながら振り返ったとき、


「あっ! 落ちま――」


 トオルは案外、縁起というものを気にするほうだ。「落ちる」という言葉を避けて、小さな白い袋を拾い上げた。


「どうぞ!」

「ああ、すみません。ありがとう――あれ」

「トオル、早く行こう!」


 油断した! 見慣れないジャージ姿だったから、すぐにはわからなかったんだ。


「え、どうしたの、シュンちゃん。そんな腹減った? てか、ケンタッキーそっちじゃないってば!」


 そういえば、最近ウォーキングをしているみたいなことを、母さんと話していなかったっけ。せいぜい近所の散歩かと思ったら、こんなところまで来ていたのかよ。あんなダサいジャージ姿で!


「さっきのおじさんさぁ」


 トオルの一言に足がすくんだ。


 念のため振り返ってみるが、もうその姿は見えない。


「あれって、受験のお守りじゃなかった? 天神さんのやつ」

「え、まさか」

「間違いないって! 俺も同じの持ってるもん。ホラ」


 トオルは意気揚々と、制服の胸ポケットから白いお守り袋を取り出した。


 さっきはよく見なかったけど、たしかに似ている。その中央には堂々と「合格祈願」と刺繍されていた。


 まさか、あんなものでメタボ健診をクリアするつもりじゃないだろうな。



  

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