第1938話・とある者の師走
Side:元孤児
日が暮れてしまったな。
「あと少し……」
他の者は帰ったが、おらはまだ残って仕事をしている。師走も残りわずかとなると急な仕事が入ることが多い。
この仕事も、皆が帰ったあとに仕事が回ってきたんだ。これを今日中にやっておけば、皆が楽になる。
「そなたまだ残っておったのか?」
「
目立たぬようにと明かりを付けずに書状の清書をしていると、図書権頭様が内務の間に入ってこられた。
「ああ、その書状が届いておったか。明日でよい。無理をするな」
「はっ!」
図書権頭様はオラの手元にある書状をのぞき込んで、困ったように笑みをこぼされた。
「そなたが働くと次に急な仕事が入ったとき、他の者が休めなくなる。そなたも織田一族に連なる者だからな」
殿の猶子としていただいたことで、おらは分不相応の身分として扱われる。正直、いかに振る舞っていいか分からぬ時が今でもある。ちょうど今のように。
留吉が絵師として名を上げてしまったとき、案じた殿がオレたちを猶子にしてくだされたんだ。まさかおらたち皆を猶子にしてくだされるとは思わなかったなぁ。
「さあ、早く帰って子に顔でも見せてやれ。親と子は共に過ごすことが大事。わしもそなたの内匠頭殿にそれを教えられたからな」
命じられるままに片づけをして清洲城を後にする。
帰りの最中、図書権頭様の言葉が頭の中から離れなかった。親子とは難しく、武士は親と子で争い戦をする。織田も決して他人事ではなかったと以前教えていただいたことがあるんだ。
おらには信じられないことだ。殿さまや子と戦をするなんて。
「ちーち! ぺったんぺったん」
家に帰ると子が帰りを待ちわびていた。今日は牧場で餅つきだったからなぁ。よほど楽しかったんだろう。真似をして見せてくれる。
本当はおらも行くはずだったんだけど、少し前から殿に命じられて勤めている内務の仕事が終わらなそうなので、そっちに行ったんだ。
「良かったな」
「うん!」
妻も同じ元孤児だ。共に本当の両親とは縁が切れている。ただ、寂しい思いなんてする暇すらない日々なんだ。
「うあぁ。カレーか、凄いな」
「はい、御袋様から頂きました。あまり無理をしないようにとのお言葉と共に」
夕餉はカレーだった。おらの大好物だ。
孤児院で暮らしていた頃、時折食べるカレーが待ち遠しくてな。これが余所だと食えないほど貴重な料理だと知ったのは、元服して働き始めてからだ。
共に働く武士の方々が、そんなおらに驚いていたのを覚えている。
「うん、美味い。ほんとうに美味しい」
お腹を空かせた妻と子と共にカレーを頂く。涙が出そうになるほど美味いカレーだ。
幼い子から年寄りまで、皆が食えるようにと程よい辛さにした孤児院のカレー。白い飯と福神漬けというカレーと一緒に食う漬物と食うんだ。
今でも持ち出し厳禁となっている馬鈴薯や、牧場村で飼っている鶏肉も入っているなぁ。一緒に頬張ると、それだけでなにも考えられなくなるほど美味い。
福神漬けもちょうどいい。
「お役目は明日で終わりそう?」
夢中で食うているのを妻と子が嬉しそうに見ていた。
「うん、終わると思う」
「そう、良かった。御袋様が明後日には戻りなさいって」
遠方で働く奴は、もう今年の仕事を終えて牧場村に戻っているからな。おらも明日仕事納めをして戻らないと。
帰る場所がある。それが本当に嬉しい。
Side:久遠一馬
子供たちはよほど楽しかったのか。一日中はしゃいでいたからなぁ。夕食を食べるとひとりまたひとりと寝てしまった。
今は妻たちと資清さんたちと一緒に、宴というほどではないけどお酒を飲んでいる。
妻たちは仕事の合間とかにローテーションを組んで尾張に来ているので、ほぼ一年ぶりなのは奥羽に行っていた季代子たちくらいだろうか。
年末年始はみんなで集まって、それぞれの近況を話すのがいつの間にか恒例となった。
海外領、海域を含めると日ノ本より広いんだよね。無論、すべてを制しているわけではなく、拠点と拠点を繋ぐ形での勢力圏だけど。
今年は蝦夷や史実の台湾、織田家では高砂と称している地域に織田水軍の船がウチの船に同行する形で視察に行った。
史実にあやかり大宮島と命名したグアムなどと共に、すでに日ノ本の人の受け入れ準備は完了しているからね。
それと宇宙港を移設した硫黄島にも、織田水軍の船が航海訓練の一環として何度か行っている。
すでに織田家の方針として、ウチの海外領が外部に攻められたら少数でも兵を出すということを評定で決めていることもあり、そのために海外領に人を派遣して航海訓練もしているんだ。
無論、こちらが望めばという話だったけどね。海外領、制圧していくのは難しくないけど、維持発展させていくには日ノ本の人を入植させる必要がある。
苦労が多い初期開発を密かにする必要があるけど、今後は順次公開して人の行き来をするようにしたい。
「なるほど、高砂は左様なところでございましたか」
「倭寇というか、明の海賊が多かったから前々から叩いていたんだけどね」
あっちでは資清さんが高砂の様子をリーファに聞いていた。海外領のことも必死に勉強しているんだよね。資清さんたち。
ちなみに高砂あたりにいた倭寇と称されている賊、首謀者とかは明に届けたんだけどね。明との交易の手土産に。おかげでほぼウチの勢力圏となっている。
織田家の皆さんもウチの家臣たちも、畿内より海外領との交流のほうが積極的なんだよね。
譲位外しの衝撃が今も根深く残っているんだ。無論、海外領が栄えているとは誰も思っていない。むしろ、尾張のように海外領をみんなで発展させたほうがいいと思っている人が増えている。
今のところ上手くやっているからいいけど、放っておくと畿内から西は要らないってなりそうな雰囲気だからなぁ。
はっきり言うと、世代が変わった頃に奪いにくるだろうと畿内を誰も信用しなくなりつつある。これは歴史とか過去のことを学校で教えていることが、地味に影響を及ぼしているんだよね。
大きな戦があったこととかは相応の身分の者ならば知っているけど、時系列を並べて、詳細に歴史を知るってのは、よほど身分がないと出来ないことだからな。
歴史を知ると朝廷への信頼も寺社への敬意も薄れるよね。現実は非情だから。
義統さんなんかは、事実なんだから当然だって感じだし。嘘ついてまで畿内を庇う人が尾張にはいない。
地味に頭の痛い問題だね。
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