第1913話・それぞれの秋・その二

Side:アーシャ


「あら、いいわね!」


「左様でございましょう!」


 誇らしげな職人たちに私も笑みがこぼれる。


 それもそのはずで、校庭の一角に見事な鉄棒、ブランコ、滑り台などの遊具が並んだ。ブランコや滑り台は木製部分が多いものの、それが味わいとなりいい。


 これ実は正式な仕事として頼んだことではない。学校にて職人を育てているギーゼラと職人衆が授業の一環として作ってくれたものだ。


 校庭には木を植えていて、この十年ほどでだいぶ育った。ただ、遊具とかはないのでちょっと寂しかったのよね。


 現在、学校と職人たちの交流は活発よ。学校と病院も来年で十年となり、建物などの細かな補修なども必要になることがある。職人衆は無報酬でそれらの補修を自ら買って出てくれている。


 地域で支えるという意識は、司令の元の世界より強いのでしょうね。


 織田家の財政状況が悪くないとはいえ、今後、学校が末永く続いていくために、こういう形はなにより嬉しい。


「わしらが幼い頃に学校があればなぁ」


 さっそく遊具で遊ぶ子供たちを見て、職人衆は誇らしげにしつつ少しだけ羨ましげにしている。


 変わりつつある学問は武士や坊主がするものという認識から、すべての者が読み書き計算くらいは覚えるべきだとみんなが考えるように。


「これでええ。二度とつまらねえことで争う頃に戻りたくねえ」


 自ら障害が残る怪我をした者、血縁や親しい者を亡くした者。職人衆にも多い。


 意地、面目、口減らし。憎しみが憎しみを生み、代々続く因縁での争いは村単位でさえあった。尾張では十年も前のことだけど。


 初めは戸惑い、理解出来なかった者たちも、理解すると争いが起こらないようにと考えてくれる人がひとりまたひとりと増えた。


「さて、文化祭の支度をするよ!」


 少ししんみりとするけど、ギーゼラが職人衆を連れて倉庫のほうに行く。武芸大会が終わると、学校では文化祭の支度が本格化するのよ。


 そうそう、今年は少し趣向が変わる。綱引き、玉入れなど、武芸大会で人気の競技を子供たちでやることになっている。


 運動会や体育祭のような行事をしたいという声は毎年のようにあるけど、競わせることに異を唱える人もいて進んでいなかったのよね。身分社会において、完全に個人の能力で平等に競わせることは不要な軋轢になるのではという懸念が根強いのよ。


 今回は、各年齢の者たちを平等に振り分ける形のくじ引きで組み分けした団体戦としてやることで、勝敗の影響を薄める形でやることになっているわ。


 どうなるのか、楽しみね。




Side:ケティ


 今日の診療を終えて一息付く。


 看護師が診療録をまとめるのを見ながら、随分と患者を診たなと思い返す。助けた命は多いけど、助けられなかった命もまた多い。


 診療録は私たちに取っても貴重な情報だし、これからの人々にとっても大きな財産になる。いずれ私たちが表舞台から消えても、人々はこの診療録の続きを残していってくれるだろう。


 今ならその確信がある。


 ただ、尾張の医学は、ようやく生まれたばかりの赤子のようなものだ。現在も医師の専門化など夢のまた夢。これから長い年月を経て積み上げていく土台がようやく整っただけ。


 そもそも私たち医療型アンドロイドもまた、医師としてようやく十年の経験を得たに過ぎない。みんなこの十年で理想や生き方に違いを生じており、それぞれに目指す道が少しずつ変わりつつある。


 マドカは獣医学を残したいと頑張っているし、パメラは精神や心療系もやりたいと言うこともある。


 広がり続ける織田領をカバーするだけの医師は今も揃っていない。定期訪問ですら新領地では満足に出来ておらず、はっきり言うと医師の育成と医学の基礎を築くだけで手一杯と言うべきかもしれない。


 迷信、間違った対処法などを正すことだけでも、信じてもらえるように地域や多くの人と信頼関係を築き、根気強い指導が要る。


「お方様、美味しそうなきのこが届いております。先日の謝礼だそうで」


 そこまで考えていたところで、先日助けた患者からの頂き物が届いた。


 こういうものは気持ちや言葉だけでも嬉しい。無論、きのこも嬉しいけど。みんなで病院と医学を守り発展させてくれる。そう思える。


 明日も頑張ろう。




Side:とある工業村の男


 お天道様が沈む。されど、工業村の高炉の火は沈まねえ。赤々と燃える火と煙りはずっと変わらねえんだ。


「しかし、十年ずっと鉄を作っても足りねぇんだな」


「そういや、そうだな」


 日が沈むと村の中にある飲み屋には、いろんな男たちが集まる。決して裏切らない者ということで、あちこちから集められた奴らだ。


 そんな寄せ集めの集まりだが、十年も一緒にいると同じ村の奴となって互いに顔見知りとなる。


 まあ、村にしちゃ人が多いがな。町って言ったほうがいいかもしれねえ。ただ、ここが出来た頃から居る身としては、初めの頃は本当にそこらにある村のようなところだったんだ。


「余所が欲しがるからなぁ。たたらとここじゃ作れる鉄の量がまったく違うんだと」


 外の連中とは、たとえ親兄弟であっても仕事の話はするな。中で見たものを口にするな。それがここの掟だ。


 その分、中の奴らとこうして話すくらいならお叱りを受けねえ。


 近頃じゃ仕事の仕方から技まで違い過ぎて、外と話が合わねえんじゃないかって言われるけどな。織田領を出ると昔のままだって聞くくらいだ。


「鉄で作るものも増えたからなぁ」


「材木の値が上がったからな。昔なら信じられね」


 尾張で足りないものは蔵と職人だなんて言われることもあるが、材木なんかは質のいいものは値が張ることで鉄のほうがここじゃ使いやすい。


 わしも馴染みの奴とたわいもない話をしつつ酒を飲んでおる。余所者が聞けば卒倒するんじゃねえかと思う話をしておるがな。


「しかし、このしいたけってのは美味えな」


「外に出ると流石に高くて食おうと思えねえけどな」


 肉厚な椎茸を焼いたものを肴に清酒を飲む。ちょっと値が張るが、わしらだとたまの贅沢する程度で食えるんだ。


 良質な塩のみで味付けしたものだが、口に入れた時の歯ごたえと味わいは、極楽にでもいっちまうんじゃねえかと思うほどだ。


 坊主どもはこれを干したもので出汁を取るんだとか。あいつら神仏の名を騙り己らだけ贅沢するからな。


 まあ、わしらも人のこと言えねえけどな。ここで働いておると、時折、こういう珍しいものが食えるようにしていただいておるのだ。


 その分、この村で裏切り者は出さねえ。そんな覚悟を持った奴ばかりになる。


 織田様と久遠様のために。そんな覚悟は武士にも負けねえ。






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