第1900話・因縁再び・混戦

side:武田義信


 因縁ある今川との戦い、いかになるのか。そうおかしなことにはなるまいと考える者もおるが、熱くなればいかになるか分からぬと懸念する者もおる。


 厳命したことと誓紙を交わしたことでやれることはした。


「尾張流とはいきませぬな」


「構わぬだろう。にわか兵法で勝てるとは思えぬ」


 武官や斎藤家は尾張流兵法を使いこなしており、それが主流となりつつある。されど、家中の者は尾張流を会得しておる者は多くない。故に今までと変わらぬままにしており、大まかな命は下すが、あとは前の者らに任せるしかない。


 奇しくも今川方も同じ戦法、前では小競り合いが続いておる。


「尾張者よりは戦慣れしておるか?」


「左様でございますな。されど、それは今川方も同じ。勝敗を左右するほど勝っておるとは思えませぬ」


 小競り合いは当然として、今川方との戦に出た者が多い。それが因縁となるのは事実なれど、戦慣れしており有利となればと思うたが、そう上手くいかぬか。


「おおっ!」


 見物人からどよめきが起こった。真田源太左衛門が今川方の者を討ち取り判定としたようだ。刀の試合で出場しておるからか名と顔が知られており、真田のことを注視しておる者が多いようだ。


 中には源太左衛門に味方するような声も聞こえて本陣の者らも驚いておる。


「東国一の卑怯者と謗られませぬな」


 ひとりの老臣が言うた言葉に、皆が尾張者を羨むような顔をした。甲斐や信濃の者ならいかにするのであろうかと思うたのであろう。 余所者を褒めるほどの者がおるのであろうか?


「若殿、真田源太左衛門を後押ししませぬと」


「ああ、そうだな」


 獅子奮迅の働きをしておるが、敵方も負けてはおらぬ。源太左衛門に続くように命を下す。


「意外と悪うありませぬな。思うところもありまするが、かつての苦しき戦を思うと……」


 本陣の者の士気はあまり高くない。因縁と言われることを恐れておるのであろう。とはいえ、かような形で因縁の相手と戦うことそのものは悪うないと思えるようだ。


 無論、戦をして勝って因縁を晴らすのが一番だ。されど、相手の一族を滅ぼさん限り因縁は続く。一時の勝ちが時を経て重荷となるのは今川を見ておれば分かること。


 勝っても負けても遺恨なしか。苦心の末に考えたことなのかもしれぬな。




Side:今川氏真


 味方も敵も悪うない。周囲と歩調を合わせてはおらず、良く言えばのびのび勝手気ままに戦っておる。織田も此度ばかりは、少し考えすぎたのではと思えるほどだ。


 もっとも織田の苦労も理解する。今川と武田を処罰するほうも楽ではないと察するのだ。新参の名門であり、特に今川は俸禄も減らしておらぬ。父上は争うなど考えておられぬようだが、ひとつ間違うと織田家中に大きな懸念と不和が残る。


 雪斎和尚が言うておったと聞き及ぶが、遠江の俸禄分はいずれお返ししたほうが良かろうな。その分、要らぬ家臣を引き取ってもらえればこちらとすると悪うない。


「皆、ようやっておるな」


 本陣はまるでまことの戦の如く険しき様相となっておる。敗れるといかになるか分からぬ戦と、因縁だと見られるといかになるか分からぬ模擬戦。図らずも此度の件でまことの戦の如く、皆が悩んでおるのやもしれぬ。


「左京進、いかがすればよい?」


「今は動かぬほうがよいかと。かように膠着しておる時に差配するは難しいこと。ひとつ間違うと味方が戸惑い敵方に利する故に」


 幾度か戦には出たし、模擬戦もすでに数試合戦っておる。されど、やるたびに差配する難しさを感じずにはおられぬ。


「内匠頭殿は十代のうちに家督を継いで尾張に来て負け知らずだとか。以前見た模擬戦も見事だった。いかにすれば、あれほどの差配を振るえるのであろうか?」


 少し向こうが年上だが、それでも親子ほど差があるわけではない。政をすれば誰もが驚くことを成し、交渉をすれば都の公卿ですら後手に回る。戦も負け知らずで海と商いに至っては敵すらおらぬという。


 あまりに違い過ぎる。比べてよい相手でないと言えばそれまでだが……。


「積み重ねでございましょうな。学問も戦も。内匠頭殿、いや久遠家はそれを誰かの家職とせず、皆で教え合い研鑽を積む。己の知恵だ技だと隠すばかりの日ノ本が、後れを取ったは当然のことかと」


 左京進の言葉に改めて驚く。この男、元は織田との和睦すらあり得ぬと言うておったような男ぞ。それが尾張を知ったことでこれほど変わるものか?


「ふむ、そう言われると分かるな。駿河には学校のようなものがない。教えを受ける形からして足りぬ」


「若殿はまだまだこれからでございます。某のように先が知れておる老いぼれと違う故に」


「なにを言う。そなたがおらねば困るわ。内匠頭殿には追い付けまいが、そなたからは学びたいことが山ほどある」


 父上や雪斎和尚の失策に苛立った時もあるが、それすらオレには出来ぬからな。学ばねばならぬ。


 まずはこの試合からだな。




Side:今川家臣


 よりにもよって父の仇である男が目の前におる。されど、因縁を表に出すなと御屋形様に厳命された故、言い出すことも出来ぬ。


 共に主家が争わねば因縁になどならなかったであろうし、織田に臣従致さねばかように相手の顔をみることもなかったかもしれぬ。


「そなたは……」


 ただ、向こうも気付いたようだ。


「わしの父もな。その昔、今川との戦で討ち死にした」


 だから許せと言うのかと思うたが、違うらしい。


「来い。かような試合で因縁が変わるわけではないがな。それとこれとは別だ。勝敗は付けたい」


「よかろう」


 互いに許せぬところもあれど、すべてを捨てて因縁を晴らすことなど出来ぬ。一族郎党が生きてゆけなくなるからな。


 世の無常というのでろうか? 不甲斐ない我らに、互いの父が泉下で怒っておるのかもしれぬな。


 されど、勝敗を付けられる場があるだけでも良しとせねばならぬ。別の機会になればそれだけで収まらぬからな。


 たとえそれが一時の勝ちだとしても……。父の仇であるこやつには負けられぬ。


「いざ、参る!」



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