第1874話・秋の災害・後始末・その三
Side:織田家武官
「あそこの連中かい?」
「はっ、幾度も争いになったところでして。かつて、先々代様の頃に仲裁したこともあったと聞き及んだことがございます。されど、事あるごとに騒いで争う始末……」
今巴の方様の険しいお顔に、北畠家の者らは顔色がようないな。亜相様の御覚悟もあって従うておるようだが。
「鉄砲、弓、焙烙玉。支度しな」
馬を下りた今巴の方様の命に織田方の者はすぐに支度をするが、北畠方はまだ覚悟が決まらぬらしくこちらを見て戸惑うておる。
「気が乗らない奴はここで待ってな。アタシが片付けてくる。武官衆、行くよ。ひとりも逃すな。捕らえる必要もない。全部、討っていい」
まさかと思うたのだろう。北畠方が驚いておる。されど久遠家のお方様方には、武官衆と警備兵から手練れが常に従うておる。前にお出になられぬ雷鳥の方様や食師の方様とて同じだ。
特にご自身で前にお出になる今巴の方様には、我らのように敵地で孤立してもよいほどの覚悟がある者がおるがな。
「焙烙玉、投げろ!」
あまり出過ぎてもようないが、後れを取るわけにもいかぬ。鉄砲や焙烙玉の支度が出来たのを見届けた今巴の方様が下命を下した。
刈田をしておった者らも争う気までなかったのであろう。されど、下命を無視してまで命に等しき米を奪う輩を許すことは久遠家といえど出来ぬこと。
「かかれ!」
すぐに鉄砲が火を噴き、今巴の方様が走り出すと我らも続く。決して士気があったわけでもない北畠方も同じく続いたか。
「なんだ!?」
「痛い!!」
「お待ちくだされ! 我らはこの向こうの村の者でございます!!」
まさか、話もせずに攻められると思うておらなんだのであろう。幾人かはすぐに逃げ出すが、逃げられぬと覚悟を決めた者が申し開きをするべく泥でぬかるむ場に控えた。
「知ってるよ! 亜相様の下命に逆らい、北畠家の所領を荒らした賊だろ!!」
「ひぃぃ!? ちが……」
すでに時遅し。申し開きすら聞けぬ。長老らしき男は今巴の方様が薙刀で首を刎ねてしまった。
「おのれぇ! ここは我らの田んぼだ!!」
「やらせぬわ! 意地を通す覚悟見せてみよ!!」
男の首が落ちると控えておった者らが怒りのままに立ち上がるが、我らより一足はやく槍を振るい、一気に蹴散らしたのは慶次郎殿だ。
彦右衛門殿、儀太夫殿と共に、滝川三将と称えられる男。余所者は久遠家が鉄砲や金色砲があるから強いと勘違いをしておるが、それがいかに見当外れの戯言か我らはよう知っておる。
おっと、わしも働かねばな。かような時に働くために仕えておるのだ。
「お方様、首はいかがしましょう」
結局、誰一人かすり傷を負うことなく討ち取った。
北畠方もこれには驚いておらぬな。武芸大会などで久遠家の武を見た者が多いのであろう。まあ、当然のことよ。
「晒すと病が起きるんだよねぇ。ただ、田畑を荒らす者を討ったことは示さないといけないか。セルフィーユに任せようかね。首を見せるだけなら一日も要らないはずだよ」
食師の方様か。嫌そうな顔をされるのが目に見えるようだ。されど、仕方なかろうな。係争地のもう一方の村は、すでに北畠家の下命により水害のない地に避難しておるからな。
せめてかの者らに見せてやらねば納得するまい。
Side:北畠具教
ジュリアを探しておると、愚か者を討った場でようやく見つけた。
「そなたら働いておったのか?」
気になったのは織田方の者と家臣らの姿だ。血で汚れた織田方と汚れておらぬ家臣らが目に付いた。
「悪いね。亜相様。アタシたちが張り切って前に出過ぎちゃってね」
顔色が悪うなる家臣らをジュリアが庇った。まあ、それならばそれでよい。邪魔をしたわけでないならばな。
「従わぬところはまだ多いな。我が身の不徳だ」
「どうかね。そもそもアタシたちは徳で政をしないからなんとも言えないよ。きちんと従う者とそうでない者を明確に分ける。これがまず必要なのさ」
やはり政の根幹が違うか。わしも公卿だ武士だと己が身の在り方を古き形で考えるうちは未熟なのかもしれぬな。
「そうだ。亜相様、従わぬ村から逃げる者は追わなくていいよ。近隣には通達を出してある。別の土地で新しく生きればいいさ。それと、アタシもまだ確認していないけど、領民が足りない場合は流民でもまともなのを尾張から寄越すさ」
織田の強みだな。諸国から流民が集まるのだ。中には賊となる者もおろうが、長年従える地とてこの有様だからな。確と従えて働かせることが出来るならば、地縁など無用になるということか。
「一切、任せよう。そなたらも確と励め」
「はっ!」
にしても……、名門北畠の面目を、我が物としておるような面倒な者らを使いこなしておるな。一馬やエルとは違うが、ジュリアもまた北畠家にはおらぬ者だ。師が教えを請うほどなのだ。今更なことだがな。
Side:鳥屋尾満栄
愚か者は救えぬな。確とした由緒ある国人衆ならばともかく、土豪や惣村風情の分際で御所様の下命から条件を有利に得ようと謀をするとは。
かような者らに大御所様と御所様は、今まで以上に北畠に従う者らを要らぬと思うてしまうではないか。さらに困ったことに北畠家中でも重臣ともなると、面倒な土豪などは要らぬと考えつつある。
現状で謀叛や一揆などが起きぬようにと上手く従えておる者らでさえ、先を見越して切り捨てることを考え始めた矢先のことなのだ。この水害は。
されど、尾張ではかの者らにも相応に役目と生きる術を与えておる。ただ捨てるだけでは駄目なのだ。北畠家中ではそこまで考えておる者はおるまい。
「石見守殿、当地の寺社でも慣例通りにしろと騒ぐ者がおりまするが……」
「不満があるならば、然るべき筋を通して申し出ればいい。ただし覚悟しておけと伝えよ。最早、世は変わった。寺社といえど道理に背き、己が利ばかり求める者は認めぬとな」
「そっ、それは……」
「そなたも覚悟を持て! まことに御所様に放逐されるぞ!」
駄目なのだ。今更、寺社が出てきたとて。道理においても筋においても、仏の弾正忠殿と内匠頭殿に敵う寺社など伊勢にはおらぬ。神宮でさえ内匠頭殿が自ら伊勢入りしたと慌てておるくらいだ。
尾張介殿はそれほど苛烈なお方とは聞いておらぬが、内匠頭殿は寺社といえど引かぬ。いや、寺社であればこそ厳しいというべきか。
突然、御所様が新しきことをされて戸惑うのは理解する。されど、力を合わせて水害を乗り越えようというのではなく、今までと同じく口を出すなというのはもう通じぬ。
それに御所様の懸念も理解するのだ。名門北畠を御所様の代で落とすわけにはいかぬのだ。無論、我ら臣下もまたそれは同じだ。
なにもすべて奪われるわけではない。新しき形で仕えるのみ。ならば従うしかないのだ。
生きるためにな。
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