第1869話・秋の災害・その四

Side:久遠一馬


 信長さんと晴具さんと共に大湊に到着した。ひとまず現状の説明を受けるんだけど、災害対応をあまり上手くやれていなかった。


 まず浸水地域が広い。三河の時と比べるのは少し違うだろうけど、あの時は春たちが強権を用いて浸水地域を減らすように動いたからなぁ。自然の流れに任せた結果、広範囲が浸水した。


 今回、対応が難しかった理由はいくつかあるのだろうが、この辺りは神宮領と北畠領となった大湊と、国人や土豪の所領が入り混じっていることもある。


 村単位でも、連携どころか足の引っ張り合いしていたみたいだし。


 具教さんはいろいろと不満らしいけど、晴具さんはこんなものだろうと言いたげだ。


 無論、良かったこともある。水軍衆で助けた人や回収した亡骸が結構多かったことだ。さらに水軍衆の独自判断で、流された材木など使えそうなものを回収していた。これ大湊で喜ばれたみたい。


「誰かいるか~!」


 まあ、オレたちは出来ることをするだけだ。信長さんと共に、まずは行方不明者の捜索に警備犬と尾張から連れて来た人員を使って徹底的に探す。


 地元の人たちは浸水した稲の心配ばかりして人の捜索は熱心じゃないんだ。それもあって決壊した堤の再建のほうに回ってもらった。


 オレも地中の様子を探るゾンデ棒を地面に刺していると、手ごたえが変わった。


「手ごたえあった。みんな、この下を少し掘ろう」


「はっ!」


 家臣のみんなと一緒に手ごたえのあったところを掘る。これも空振りとか間違いも多いんだけどね。特に慣れていない人だと。


「駄目だ。息してねえ」


 ああ、今回は正解だったか。御遺体を見つけると、悔しさが込み上げてくる。土砂に埋もれていたものの、救助が早ければ助かったのではと思えるほど見つけやすかったんだ。


 織田領だと三河矢作川決壊の時の反省から、災害対応や天候に対する警戒はしているんだ。特に野分、台風なんかは西から来るものだ。この季節は近江や畿内の天気が荒れた場合はすぐに知らせを寄越す仕組みを導入している。


 それを受けて領内では川舟の陸揚げや水害対策をすることになっていて、空振りや規模が大したことない場合も多いけど、概ね好評だ。


 一応、北畠家と大湊にも伝えているんだけどね。宮川堤のように治水がそれなりにあるところは安心だと思うのか対策が甘かったようだ。


 もう少し言うと、この季節に何度も警告がくることで慣れてしまい甘く見た人もいると思われる。


 災害対応の行動指針、これ織田領にはあるけど、北畠家にはないしね。


 また河川の決壊浸水時の行動も決めておらず、個々の村で判断する体制では今回のような場当たり的な対応が限界だろう。広域行政がない厳しさを痛感する。


 みんな、手足も着物も泥だらけになる。命令があるとはいえ、他家の領地のためにここまでしてくれる人たちに感謝しなければと実感する。


「殿、日が暮れると雨になるかもしれぬということでございます」


 日が傾く頃、大湊にて指揮するエルから伝令が届いた。タイムリミットか。


「かず、いかがする?」


「一旦、大湊に引き上げるしかないですね。北畠家の方々にも早めに引き上げるように伝えて」


「はっ!」


 二次災害だけは起こせない。尾張から連れて来ている兵五千と、水軍衆の安全が第一だ。ただでさえ何処も地盤がぬかるみ危ないんだ。


 信長さんと相談して早めに撤収することを決めた。でも、助けられた人や回収出来た御遺体はある。それだけは良かったと思う。




Side:エル


 同行したジュリアと先行していたセルフィーユと共に、これからの対応を献策をするために私は大湊にある代官屋敷にいます。


 今後の対応を決めねばならないものの、亜相様のご機嫌があまり良くないということで北畠家の者たちは委縮気味で献策などもしておりません。


 大御所様が入られたことで少し落ち着きましたが、大御所様は口を出すつもりはないからと私たちと共にいるくらいです。


 被害を拡大させないために私たちで献策をしなければ助けられません。


「セルフィーユ、被災地域の衛生環境は?」


「良くないわ。伝染病や食中毒になりそう」


 すでに行方不明者の捜索は限界ですね。このあとわずかですが雨が降るという予報がシルバーンから届いています。司令たちはすでに撤収しているはずなので、そちらはいいのですが被災地の住民の安全確保が急務でしょう。


「亜相様、家を流された者は一旦別のところに移す必要がございます」


「そうか。分かった」


「尾張からゲルをいくつか持参しております。寝泊まりする場が足りぬならお使いください。あとせっかく刈った米ですが、あまりこだわると……」


「そうだな。芽が出るかもしれぬ稲でまた争う愚か者が出ぬように命じよう」


 被災者の安全確保、これもこの時代ではすんなりといきません。家も田畑も水に流されても、泥だらけの稲をなんとか乾かそうとしているところもあるほど。


 ただ、掘り起こすまで時間がかかった稲は芽が出る可能性もあり、それに拘って被害を拡大させるのだけはなんとしても阻止したいのですが。


「雨なんか降ると困るよ。堤はどこも弱っているからね」


 雨の予報を関係者各位に伝えたこともあり、私たちと共に伊勢入りしたギーゼラが少し慌てた様子で戻ってきました。


 堤と近隣の浸水対策にとあちこち確認していたのですが、その報告に頭を悩ませます。


「大雨にはならないと思うけど……」


 宮川の上流、あちらにどれだけの雨が降るか次第ですが。山や土地に保水している水はまだまだこちらに流れてくるので、油断は出来ません。


 もう近隣の田んぼは諦めて避難指示を出したい。ただ、ここは北畠と神宮領。理解を得るのは無理でしょう。


「大智よ、なにを迷うておるのじゃ」


 その言葉に少し驚いてしまったかもしれません。終始見ておられただけの大御所様からお声がけがあるとは。


「今後上流から流れてくる水に雨を考えると、まだ浸水していないところも田畑を後回しにして人を移したほうがよいと愚考致します。ただ、この地でそれを命じても上手くいかないと思われまして……」


「ふむ、それならばよい。倅に言うて命を出してしまえ。従わぬ者は捨て置く。尾張でもそうしたのであろう? それでよい」


 確かに私たちが尾張に来て数年は命に従い、力を合わせてくれる者たちと前に進んでいました。ただ、この状況で従う者と従わぬ者を分けるなんて。


「畏まりました」


 これが価値観と覚悟の違いというものでしょうか。いえ冷静な判断でもありますね。助けられる者を少しでも助ける。


 ならば神宮領にも避難をするようにと、こちらは助言という形で教えたほうがいいですね。


 ともかく今は、これ以上の災害を広げないようにしなければ。




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