第1824話・模擬戦を前に
Side:久遠一馬
津島天王祭の花火大会も控える中、数日の準備で模擬戦にこぎつけた。
「凄いね」
なにが凄いって、各方面の連携を当たり前のように出来ていることだ。告知から警備、露店の許可と場所決めとか。オレたちも担当の仕事として動いたけど、織田家全体として即動いて模擬戦を開催にこぎつけたのは素直に凄いと思う。
まあ、元の世界の行政よりは柔軟な体制であることもある。とはいえ、文治統治としての形を壊すことなく迅速に動けたことは今後に大いに影響するだろう。
ちなみに組み分けに関しては、志願者からそれぞれ一名ずつ選んでいく形を取ったらしい。この辺りはジュリアが助言したみたいだね。いわゆるドラフト方式だ。
「なるほど、試しの戦ということか」
驚いているのは初見組かな。思わず声を上げたのは北信濃の村上義清さんだ。ぬるいことをしてと馬鹿にするかとも思ったけど、真剣に思案している様子でもある。
「領内では村同士の小競り合いも禁じておりますから。別の形で戦に備えておるのですよ」
この人、ウチに対して好意的なんだよね。ウルザたちのおかげだろうけど。オレにもお礼の書状とか贈り物が届くのは少し驚いたくらいだ。日ノ本の外の者への敬意なのか、強者への敬意なのかは分からないけど。
「やはり戦はなくならぬか?」
「小競り合いはなくせると思います。ただ、戦は無理ですね。敵は日ノ本の外にもいますから」
たまに聞かれる質問だ。とはいえ話せば分かることだろう。どんなに文明が進んでも戦争の備えが要らない世界になるとは思わない。人の本質なんてそう変わらないんだから。
「内匠頭殿は戦を望まぬと聞いたが?」
おや、ここであなたが会話に加わるの?
「ええ、戦は望みません。ですが、いかなる相手であっても敵となる者に容赦をする気はありません。それとこれは別の話でございます」
古河公方こと足利義氏さんの言葉は素朴な疑問にも感じたので、素直に答える。
控えている氏康さんと目が合うと僅かに苦笑いを見せた。まあ、なんとなく分かる。義氏さんは十代半ばの若さなんだ。経験不足、世の中を知らないんだろうなと思う。
初対面の頃の義輝さんよりも世間知らずかもしれない。
「世評とは違うのだな」
不満? 落胆? 少なくとも喜んではいない顔だ。
「私は私の信じるもののために戦います。そこは皆同じこと。譲れぬものでございますよ」
あんまり甘い顔をして、おかしな期待をされても困るんだよね。どうも現状に不満かなんかがあるように見えるけど。
北条に不満でもあるのか? それとも関東諸将か? どちらでもいいけどね。人を動かしたいならまず自分が動くべきだ。彼が見習うべきはオレじゃないし、義統さんなんだろうけど。
義輝さんや義統さんたちは理解するというか、義氏さんの心情も察しているような顔をしている。
ちょっと言葉が厳しかったかな? ただ、氏康さんは特に怒ってもいないようだ。気持ちは理解してくれているということだろう。
地位、家柄に見合ったなにかがほしいのならば動かないといけない。
それが乱世であり、今の世の中なんだ。
Side:北条氏康
内匠頭殿も変わられたな。いや、頼もしくなった。
初めて会うた時は垢ぬけた容姿であったものの、まだどこかで甘さが見えておったというのに。
上様を筆頭に三国同盟の要としてある男だと示したのだ。
古河の大御所様は言わずとも理解しておられる。されど、御所様は少し若きこともあり勘違いしておられるところもあられたからな。
大御所様は北条を嫌い争うこともあるが、この乱世における世の流れを理解しておられるお方だ。それ故、油断もならぬが、内匠頭殿を敵に回すほど愚かでもあるまい。
にしても……尊氏公二百回忌法要。大御所様と御所様をお連れして良かった。上様と三国同盟の実情がよく見えたわ。
斯波と織田の所領以外は要らぬという体裁は今も崩しておらぬが、確実に変わった。まとめる気なのだ。日ノ本をな。
しかも、その要が内匠頭殿と久遠であることを皆が認めており、隠すことも止めたらしい。
関東はいかがなるのであろうな。臣従も覚悟をして叔父上を久遠の本領に遣わしたが、時期尚早と避けられた。
されど、このままではあらゆる違いが開くばかりだ。
Side:足利晴氏
倅はなにを望んでおったのだ? 内匠頭が頭を下げて力でも貸すと思うたのか?
氏康めもさすがに困った顔をしておるわ。
京の都で公卿らが慌てふためきおかしな動きをしたのも、院と主上があれほど楽しげに茶席を設けられたのも、この男がおればこそ。
何故、織田の家臣などに収まっておるのか知らぬが、織田も斯波も明らかに扱いが違う。尾張に来る前は久遠を抑えるためと思うておったが、むしろ……守ろうとしておるように見えるのは気のせいではあるまい?
内匠頭もまたそれに応えた。斯波と織田に手を出せば許さぬと示したのだ。
三国同盟か、ようある他の同盟と同じと思うと痛い目をみそうじゃの。
そもそも戦をしようとも、所領をすべて失うほど愚かなのは上杉くらいじゃ。それだけ戦における勝敗というのは難しく所領とは増えぬもの。にもかかわらず斯波と織田はろくに戦もせずに諸国を従えて所領が増えていく。
北条に従う諸将のように名ばかりの臣従かと思うておったが、この国は治め方も他国とは違い、今川ですら領内の反斯波反織田を処分し忠義を示した。
何故、皆が率先して従い変わろうとしておるのか知らぬが、よほどの勝算、いや確信めいたなにかがあると見るべきか?
銭の力は大きいが、ここまで動くものでもあるまい。とすると……。
「よき茶であるな。院が師事したのも分かるというもの。わしも役目を倅に譲った隠居の身、良ければ指南してほしいの」
出された白磁の茶器と紅茶を見て一計を講じる。院が習うたという久遠の茶ならば、わしが習うたとてよかろう。氏康もそのくらいは口を出すまい。
今一つ分からぬところもあるが、この男を知らねば関東とて無事では済まぬはずだ。
「ええ、構いませんよ。他ならぬ古河の大御所様ならば」
戦をしても勝てぬ、氏康に至っては戦をする気もない。ならばわしが友誼を結ぶしかあるまい。
愚かな上杉の二の舞いは御免ぞ。
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