第1777話・花の都

Side:久遠一馬


 石山本願寺から京の都を目指す。


 ただ、移動速度は速くない。相変わらず関所が多過ぎるんだ。正直、上洛する気を無くす要因のひとつは関所かもしれない。何度も何度もお金を払ってまで行きたいと思わないんだよね。


 寺社も参拝と観光だけなら行きたいんだけど。立場上、それで済むはずがないから行けないくらいだ。


 そんな事情もあるから、オレは今回も武衛陣にいる時間のほうが多いだろうね。


「尊氏公も喜んでくださろう」


 家中と同行する皆さんの様子は悪くない。今回の上洛目的である尊氏公の二百回忌を盛大に行い、自身も参加出来ることを喜んでいる。


 この二百回忌法要。史実だと行なったという記録はあるものの、どういう形だったのかなど、分かっていないことも多い。足利将軍家の菩提寺である等持院とうじいんにて行ったことは確かなようだけど。


 すでに歴史が変わっているため、今回の法要は史実と比べものにならない規模になるだろう。




 今回も京の都に入る前に形を整える。馬や駕籠を用いて、護衛やオレたちは鎧を身に纏い入京するんだ。


 正直、やってもやらなくてもいいんだけどね。こういうことやっていない人も多いし。ただ、斯波家の権威を世に示すにはやったほうがいいだろうということになった。


「よう参ったな。挨拶はあとでいいとして、まず武衛。そなたを甲斐、駿河、遠江の守護に任じる」


 武衛陣には、一足先に義輝さんが入っていた。例によって安全面の懸念から滞在場所として使ってもらっている。


 到着早々だけど、いろいろと情報交換をすることになっているんだ。ただその前に、義統さんが正式に守護になる領国が増えた。武田と今川の領国だ。


「はっ、ありがとうございまする」


「西国からも代理の使者が多く来ておる。要らぬ隙を見せたくないからな」


 ここらは特に懸案でもない。武田家と今川家から義輝さんに守護返上があり、それを義統さんに与えただけだ。事前の調整も済ませてある。


 畿内だと未だに細川京兆の影響力が強いからね。対峙するにはこちらも相応の形がいる。無論、戦う気なんてない。とはいえ、義輝さんを支えるにはこちらも権威と肩書きも必要だ。


 管領代を務める六角、南朝の元トップである北畠、東国一の領地を治める三管領家斯波という構図をきちんと示す必要がある。


「一馬、エル。なにか懸念はあるか?」


 一通り打ち合わせをするものの、事前の話と大きな変化はない。義輝さんは最後にオレにエルを名指しで問うてきた。非公式の場とはいえ、数人の幕臣も同席しているんだけど。ただ、驚く人はいない。


「いえ、大きな懸念はございません。正直、案じていたこともあったのですが、さすがは奉行衆と三好殿というところでございますね」


 オレは特に言いたいことがない。エルを見ると代わりに答えてくれたけど、本当によくお膳立てして支度したなと思う。朝廷や寺社との関係や細川京兆、三好のこと。面倒な案件は幾らでもあるんだけどね。誉め言葉として、無難に収めている。


「大智殿に左様に言われると、我らも安堵致しまするな」


「知恵はともかく、役目ならば負けておられぬ。此度は特に尊氏公の法要だからな。上様の名に傷をつけることだけは避けたかった」


 そんなエルの言葉に幕臣の皆さんが安堵したことで少し驚く。思っていた以上に幕臣に認められているな。


 確かに義輝さんや六角家の皆さんから話を聞いていることもあるだろうし、尾張との調整でこちらも動いたことがあるからだろうけど。


 でも、それをこの場で言えるということは、それだけ義輝さんの政治が上手くいっている証だ。


 なんというか、ほんと味方が頼もしい。史実の織田とメンバーが全然違うけど。




Side:近衛稙家


「凄まじいと言うても良かろうな」


 諸国から驚くほど多くの者が集まっておる。大半は代理なれど、それでも当主に準ずる者が多い。


「尊氏公や義満公の頃もかようであったのであろうの」


 幾人かの公卿と共に今後のことを話す。


 皆、驚いておるな。譲位の際も相応の者が集まったが、此度も負けておらぬ。いや、織田弾正と久遠内匠頭らが揃ってきたことを鑑みると、譲位を超えたのかもしれぬとさえ思う。


「北畠の隠居も来たか」


 二条公は、かつて挙兵も辞さぬと言われたことを思い出しておるのであろう。少し渋い顔をしておる。あの男が尾張と共に大樹を支える意味は果てしなく大きい。


 事実、大樹の力が日を追うごとに増しておるのだ。


 表立って異を唱えるのは若狭管領くらいであろう。されど、あれは細川京兆を遠ざけたい大樹の思惑で生かされておるにすぎぬ。


 かつては、常日頃から抜き身の刀身のような大樹が、今では周囲の誰もが認める見事な名刀となったようだ。内匠頭らの献策を受け入れ、己の信念とは違っても受け入れる度量がある。


 それもあって隙がない。特に内匠頭と大智。両名が知恵を授けておることで、こちらが後手に回ることも増えた。


「武士があまり力を持つと、ろくなことをせぬとも思うが……」


 大きな懸念があるわけではないが、大樹があまりに力を持つことを案じる者が多い。かつてはあったことだ。されど、吾らが身を以って知る頃には、大樹はすぐに近江に逃亡するくらいであったからの。


 吾も大樹との血縁はあれど、昔ほど上手くいっておるとも言えぬ。とはいえ……。


「愚痴を言うても仕方あるまい。此度は足利家の法要じゃ。吾らは騒がぬほうがいい」


 こちらは下の者を抑えることにも苦労をしておる。勝手をするなと命じておるというのに、縁ある奉行衆などを通じて、密かに武衛や弾正と会えるように取り計らえと言うておる愚か者すらおる。


 尾張がさように御しやすいならば、吾らとてかような命を下さぬと言うのに。


 まあ、焦るのも無理はないがの。寺社ですら、武衛と弾正に己の勤める寺社に参れと、勝手に動いておる者がおるくらいじゃ。上の者が後からそれを知り、驚いておると聞き及んでおるくらいよ。


 なんとしても大樹の面目を潰すようなことは避けねばならぬ。今はそれが大事。




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