第1778話・京の都にて
Side:毛利隆元
尊氏公の二百回忌の法要か、使者として京の都までやってきたが……。
「大内の御屋形様は偉大であったということだな」
思わずため息を漏らしてしまう。父上が謀叛人である陶殿を討ったことも、都人らからすると、謀叛人の内輪の争いと見られておることには心底驚いた。旧知の公家を訪ねるものの、会うてくれる者でさえ、口利きなどは出来ぬと言われてしもうた。
陶殿が二条公を殺めたこともあり、会うてくれぬ者すらおる。父上が幾度も献金しておるというのに、都人というのは変わり身が早いな。
理由は明らかだ。今は隆光と名を改めた、冷泉殿の話がそのまま諸国に広まっておるのだ。御屋形様の首を持った冷泉殿に父上が追っ手を差し向けたことも、謀叛に加担した証だと言われたな。
隆光殿は尾張にて御屋形様の喪主となったものの、大内家の再興など願わず、出家して祈りの日々だとか。それもあり、御屋形様の葬儀や法要に参列した者から諸国に広まり、その言葉がそのまま信じられておる。
「わざわざ参られたのだ。法要に参列することは良かろう。されど、毛利殿は未だ大内卿を討った謀叛人であるとの見方もある。無論、まことか分からぬことだ、わしは信じておらぬがな。されど、尊氏公の法要は上様にとって一大事。あまり騒ぐと毛利殿のためにならぬ。それはご理解されよ」
公方様の奉行衆にはなんとか目通りが叶うものの、こちらも厄介者がきたと言いたげな顔をしておられる。
陶に加担したのだろうと疑われると、潔白を証明することは難しい。そもそも、父上に大内家を再興する気などないのだ。幾度か使者を送っても、それを見透かされておると見るべきか。
もっとも公方様のほうは、いつの間にやら様子が変わったこともある。何故か知らぬが、以前のように銭を積んでも話が通らなくなった。
此度の法要も、毛利家は招かれたわけでもない。守護でも守護代でもないのだから当然だがな。ただ、父上の命で、わしが使者として勝手に駆け付けたというだけだ。
「はっ、ありがとうございまする」
まあ、此度は法要に参列することを許されただけで、良しとせねばならぬか。これを機にいかんとしても謀叛人という世評を変えていかねばならぬ。
ただ、懸念は父上にもある。戦上手であり機を見るのも長けておるが、文治をあまりご理解されておらぬところもあるのだ。
わしのように戦下手な男とは比べようもないお方なのだが、朝廷や公方様には銭を積めばいいと軽々しく考えておられることは、いかにすればよいか悩むな。
Side:久遠一馬
京の都に到着したけど、オレの場合はそこまで予定がないんだよね。無論、その気になれば面会を望む人が山ほどいるけど、基本、断っているし。
一番忙しいのは、やはり義統さんだ。やはりこういう場では地位と権威が高いと忙しくなる。信秀さんも一緒に目通りする人たちと会っているけど。
厳密に言うと、守護か守護代クラスでないと法要に招いていないはずだ。そういう意味ではオレは法要に参列する必要すらないんだよね。本来は。
義輝さんの治世として参列したほうがいいから来ているけど。前回の義信君と上洛した時と違い、義統さんと信秀さんもいることで、今回は再びいるだけでいいというのがオレの立場だ。
というか……。
「休暇みたいなものかな」
「そうですね。私たちが動けば、皆様がお膳立てしてくださったものを妨げる恐れもあります。大人しくしていることこそ一番ですよ」
今日はエルたちと一緒に羊羹を作っている。前に来た時も内裏に献上したことで楽しみにしているだろうしね。
幕臣や近衛さんたちが法要を成功させようと苦労をしているんだ。その努力を無駄にすることだけは避けたい。
「殿、朝倉殿が参るそうでございます」
オレに入っている数少ない予定を知らせてくれたのは、一益さんだ。斯波家とは因縁があるものの、オレが会う分にはあまり困らない。朝倉義景さんからこちらに出向くので会いたいという打診が事前にあったんだ。
「そうか。支度をするよ」
羊羹作りを侍女さんたちに任せて、オレとエルたちで会うことになる。織田家とは因縁とまではいえないけど、斯波家家臣である織田と越前を奪った形になる朝倉の関係も微妙なんだよね。本来は。
「朝倉孫八郎景鏡でございます」
義景さんと挨拶を交わして、お供の人とも挨拶をするけど驚いた。宗滴さんの養子である景紀さんと共にこの人がくるなんて。
このふたり、史実だと仲悪いイメージがあるんだけど違うのか?
「久遠一馬です。良しなにお願いします」
まあ、上手くいっている時は、そこまでおかしなことにはならないか。挨拶を交わすものの、可もなく不可もなく。今のところそんな感じだ。
「宗滴のこと、感謝しておる。そもそも越前にて隠居をさせてやれなんだことは、わしの不徳としか言えぬ」
挨拶も終わると本題に入る。ただ、義景さんはあまり肩肘張らずに話せているようでなによりだ。
「ケティ、宗滴殿の容態をお願い」
せっかくケティもいることから、宗滴さんの現状を正しく伝えることにするか。
「今は落ち着いていて、日々の暮らしを大きく変えるほどではない。ただ、政と戦はもう無理です。穏やかな余生を送る時は今しばらくある。そうお考えください」
「そうか。度重なる配慮、かたじけない。今後とも良しなにお願い申し上げる。またなにかあれば、わしに直に書状を寄越してほしい。必ず対処致そう」
前々から思ったけど、義景さんにとっては父親に近い存在なんだろうな。地位や立場を越えて心配している。
宗滴さんの様子は越前にもちょくちょく伝わっている。花火大会には越前から公家が来ることがあるし、武芸大会には真柄さんたちが来るからね。面会は普通にしているんだ。元気で幸せそうな様子は伝わっているはず。
「ええ、お任せください。宗滴殿の晩節を汚すような真似は致しません」
宗滴さんの存在は今も大きい。正直、オレ以外が預かれないほどだ。万が一にも、この件で宗滴さんを侮辱したとか軽く扱ったと誤解が伝わると、因縁になりかねないほどに。
まあ、現状だと特に問題もないけどね。
あとは日本海航路の話もしておく必要がある。ウチが蝦夷を制して以降、細々と変わっているからね。扱う品とか、越前と尾張の交易とか、話すことは結構ある。
義統さんも朝倉討伐なんて望んでいないしね。義輝さんの政権としてもあそこで騒動は困る。朝倉家には頑張ってほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます