第1759話・北の地の一年の始まり

Side:季代子


 奥羽を留守中に由利十二頭の一部が八戸まで挨拶に来ていたらしい。安東家と親しい者たちらしく、相応に話を聞けたことで挨拶に来たのだろう。もてなしをしつつ説明をして帰したようだ。


 こちらの後ろ盾が欲しかったのだろうけど、そういうことしてないのよね。無論、安東家の面目もあるから、関わりのあるところには丁寧な説明と若干の配慮はある。


 あとこちらに赴任する織田家家臣が増えた。文官・武官・警備兵共に、幹部クラスを大幅増員してくれた。撤退してもいいと内諾は得ているものの、それは非公式の話になる。検地と人口調査も信憑性が危ぶまれているところもあって、さっそくすでに調査を終えたところの検証から始めてくれている。


 守護様と大殿が最大限のバックアップをしてくれたことで、私たちもやりやすくなった。なにより守護様の全権委任は奥羽衆に衝撃が強かったみたい。


「馬鈴薯の試し畑はよろしゅうございますが、それ以上となるとお止めになられたほうがよいかと。あれは知多を始めとした尾張者が必死に守っておるもの。内匠頭様とお方様がよいとおっしゃっても、尾張ではそれで済みませぬ」


 尾張での調整などを経て、こちらでの方針を決める必要がある。森三左衛門可成殿と事前に打ち合わせをしているんだけど、農業改革について幾つかの案を話していると三左衛門殿に無理だと言われてしまった。


 外部に流出しにくい下北半島あたりで、馬鈴薯の栽培を広めようかと思ったのよね。実は三左衛門殿には、この地でも育つ米や麦があることも密かに教えてある。それらの普及の前に馬鈴薯で領民を従えたいと思ったんだけど。


 なによりあれなら飢饉に対応出来る。ただ、ウチの名前と価値は私が思う以上に大きいか。


 でも、優子が困った顔をしているのよね。


「でもこのままだと飢えるのよ」


「林檎はもっと増やしても良いと思いまする。あれも目途が付いておるはず。さらに木が育つまで年月も掛かりまする。もう少し申せば、林檎ならば漏れても育つ前に対処出来まする故に。飢饉のときには、あれを基に食えるものを手に入れるべきでございましょう」


 私たちはどうしても飢饉を想定して考えるけど、三左衛門殿は織田家としての立場とこの時代の価値観で考える。


 優子の懸念に対して三左衛門殿の指摘も間違ってないのよね。


「今日の菓子は林檎にしよう」


 由衣子、あなた方針じゃなくておやつと夕食の献立を考えていたわね? まあいいけど。マイペースなのよね。良くも悪くも。


「ああ、山芋は良いと思いまする。あれは久遠家の作物ではございませぬ。いずれにせよ、売れるものは増やさねばならぬはず」


 ふむ、それが無難かしらね。林檎畑と山芋の栽培を普及させ、一部で馬鈴薯の試験栽培をするしかないか。


 稗だけだと万が一ということもある。蕎麦と粟も増やすべきか。


「そうね。当面はそれでいきましょう」


 三左衛門殿、私たちの面目や功なども総合的に考えてくれるのよね。ある意味、私たちが泥をかぶっても進めたいこともあるけど、そこは異を唱える。司令たちと長い付き合いがあるだけに、私たちの価値観を知っている証ね。


 守護様と大殿からも私たちを守ることを第一に命じられている。ここは素直に従うべきだわ。




Side:久遠一馬


 二月は蟹江海祭りがある。そろそろ春の気配が見えてもいいけど、まだまだ寒い。


 今年、海祭りも少し変化がある。蟹江以外でも複数の湊で神事のみになるものの、海の安全と豊漁を祈ることになった。各地の水軍や寺社からそんな要請があったんだよね。


 いいことなので積極的に行うことに決まった。まだ細々と騒ぎが収まっていない駿河・遠江も同様で、前々から支度をしていた。まあ、騒いでいるのは本当に末端くらいなので水軍の運営とかには影響はほとんどないしね。


 こうしてひとつひとつ領国単位の垣根が減っていくといいな。


「リーファ、水軍はどう?」


「今年は駿河・遠江の連中が多いね。しかも皆、必死だよ」


 この季節に合わせて尾張にいるリーファと雪乃は、佐治さんに頼まれて蟹江海祭りに参加する水軍の指導をしているんだけど、義元さんが代官として確固たる処置をした影響が末端にははっきりと出ているようだ。


 やはり逆らえないとなると、織田の下で生きていくしかないしな。久遠船の操船も、以前は古い練習船で教えようとすると、怒って聞いてくれないとかあったらしいからなぁ。


 それが打って変わって、必死に学んでいるみたいだね。気持ちの整理も必要だしね。意地を張っていた者は冷静になる時間も必要だ。そう考えるとこのくらいの時間は必要だと見るべきか。


「今年の海祭りの操船競技は盛り上がりそうだね」


 駿河と遠江に関しては、去年は操船の競技にも不満を口にしていたらしいけどね。今年は一年間鍛練しているだろうし、もう後がないことでみんな必死にやるだろう。


 競技という形で競うことは大いに結構なんだよね。


「答志島の影響も大きいわ。織田は願いを聞き届けてくれると目に見えて示したことで、水軍が一体化しているのが分かるほどよ。近いうちに紀伊の熊野あたりも動くかもしれないわ」


 一方、雪乃が言っているのは、答志島の城普請が始まった影響だ。厳密に言うと、この時代の城とは違い、水軍駐屯地に近いものになる予定だけど。志摩にも織田が城を造るという意味が大きいんだろうな。無論、水軍から要望があった、畿内の船に舐められないようなものになるはずだ。


 ただ、紀伊は当分要らないんだよね。ほんと知れば知るほど面倒な土地だ。ただまあ、肝心の宗教の権威や力が、仏の弾正忠という異名がある織田にはあまり通用しないからなぁ。


 さらに、近隣の流通と商業はこちらが握ってしまっているため、あっちも座しているといいことないんだよね。寺社とそこに紐づいている武士か。こちらも慎重に動く必要があるね。


「ねえねえ、まーまのおふねにのりたい」


「うふふ。もちろんいいよ、近いうちにみんなで海に行こうか」


「うん!!」


 ああ、リーファも忙しいのに、子供たちに引っ付かれてそんな約束して。でも、たまには船に乗るのもいいなぁ。近場なら歩ける子たちは乗せて上げられるし。


 寒くない天気のいい日に行けないかなぁ。予定を調整してみるか。オレも一緒に行きたいし。


 たまにはみんなでお出かけもいいな。




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