第1755話・遠い一門とセレスのうっかり

Side:斯波経詮つねあき


 まさか南部が尾張の本家に臣従とは。老齢と言うて差し支えない歳となり、かようなことが起きるとはな。


「天杯か」


 藤原内匠頭一馬。織田とも久遠とも称しており、噂の生き仏が猶子か。漏れ伝わる話半分でも、戯言であろうと笑い飛ばしてしまいたくなる男よ。


 しかも当人は尾張にいながら、奥方が南部を一年も掛からず落としてしまい、奥羽北部を平らげてしまうか。


 尾張においても、伊勢北部から駿河・甲斐・信濃まで押さえた。その功はまぎれもなく久遠であるという。公方様の覚えもめでたく、帝からは即位前とはいえ天杯を許された。隙らしい隙はないのか?


 まあ、隙があってもわしが付け入るわけではないが。


「清洲の武衛様も冷たいの。手となり足となり働く者と遠縁の一門では、いずれを遇するか考えるまでもない。仕方ないことであろうがの」


 斯波一門であるのだ。もう少しこちらに配慮をしてもと思うが、向こうからすると顔も知らぬ一門でしかないか。わしが武衛様でも今以上に配慮はするまい。すでに幾度か挨拶に来ており、珍しき品々を頂いた。


「そなたら武勇を示して犬死したいか?」


 ひとり言のように呟いてばかりもいられぬ。口を開かぬ一門と家臣らに問い掛けるも、明確な答えはない。死を恐れる者はおらぬと思いたいが、犬死は御免じゃからの。


「御所様より死んでこいとご下命賜るならば、喜んで参りましょう」


 誰ぞ面白きことでも言わぬかと待っていると、口を開いたのは岩清水肥後守義長か。元服して三年ばかりの者らしき言葉よ。


「戦とは難しきことなのじゃ。南部が大敗したことも事実。籠城も出来ておらぬことは認めねばなるまい?」


 安東、浅利、戸沢。誰も籠城すら出来ず降った。雷を用いるなどと思わぬが、同じ戦をしておらぬというのは嘘ではあるまい。


「銭などと不浄なもので勝手する者など……」


 ああ、不満がある者は他にもおるか。


「左様な言い方は止めよ。己が清いままで生きられるのならば、誰も汚れたくはないものだ。我らにはない苦労と苦難が久遠にもあろう。知らぬ者を軽々けいけいに罵るなど愚か者のすることぞ」


「はっ、申し訳ございませぬ」


 敵を侮るなど、先々を案じてしまうではないか。わしはもう歳ぞ。いつまでも生きて皆を従えておられるわけではないというのに。


 もとより戦う気はない。されど、今までと同じでいいというのも難しきこと。織田は従わぬ者に利を出さぬという。当たり前のことであるが、民の暮らしすら様変わりしてしまい、領地を接すると皆逃げてしまうのだとか。


 民でも分かるほど力の差があっては、名門であろうと寺社であろうと行く末は大差あるまい。


 まあ、わしはよい。一門なのだ。厚遇されるとも思わぬが、そこまでおかしな扱いは受けまい。懸念は南部と戦うために同盟を結ぶ稗貫と和賀じゃ。清洲からは配慮に及ぶところではないと言われてしもうた。


 我らだけさっさと同盟なり降るなりすれば面白うあるまいの。取り持ってやるにしてもこちらから動かねばならぬか。


 面倒なことになったものよ。




Side:久遠一馬


「うーん。生まれる時に立ち会いたかったんだけどなぁ」


 セレスが子供を産んだ。女の子だ。清洲で仕事があって、戻れない間に生まれていたことが悔しい。


「子のために働いておるのです。赤子も分かってくださいますよ」


 ああ、いつの間にか、お市ちゃんに慰められるようになってしまったなぁ。ちょっとおませなところは相変わらずだけど。その言葉は正しい。


 元気に泣く赤ちゃんにみんなが喜んでいる。子供たちなんて嬉しさいっぱいで大騒ぎだ。ロボ一家も今日はいつもより元気に見える。ロボとブランカはさすがに落ち着いているけどね。


 それにしても、小さいなぁ。抱き上げてあげると、軽くて大丈夫なのかとさえ思う。命って凄い。


「しれ……」


 出産後すぐに眠っていたセレスが起きたけど、少し寝ぼけていたのだろう。なにかを言いそうになり止まった。多分、司令と言いそうになったんだろう。


「セレス。体調はどう?」


「あっ、はい。いいです。皆が良くしてくれました」


 思わず笑いだしそうになったのは、セレスも気付いているだろう。ほんの少し恥ずかしげに笑みを浮かべた。セレスって、こういううっかりミスあんまりないんだけどね。それだけ出産は大変だったんだろう。


 せっかくだから、ちょうど泣き止んだ赤ちゃんをセレスにバトンタッチだ。


「まーま、うれしい?」


 オレの周りで赤ちゃんを見入っていた子供たちが、そのままセレスの周りに移った。明らかに嬉しそうなセレスに希美が声を掛けた。


「ええ、うれしいですよ。みんなの妹をお願いね」


「うん!」


 希美は着々とお姉ちゃんになっているんだよなぁ。他の子たちもそれぞれに好みや個性があって成長しつつある。


 もっと子供たちと一緒にいたいと心底思う。


「殿、佐々殿が参っております」


「ああ、分かった」


 早くも来客だ。でもさ。ウチの子たちが生まれたお祝いに来る人、早くない? こういう情報が早く伝わるのは分かるけどさ。


「いってくるよ」


「はい」


 セレスと赤ちゃんは大丈夫だ。セレスもそんな顔をしているし、それにみんながいる。


 人付き合いも仕事と言えば、お祝いに来てくれた皆さんに失礼かな。でもまあ、生きていくうえで人付き合いは必要なことだからな。こういうところは生まれた時代の価値観が違うなと今でも思う。


「ぶー」


「武鈴丸、あとでちゃんと遊んであげるから」


 うん。セレスたちより他の子が不満そうだ。頬を膨らませた武鈴丸に着物の裾を掴まれた。リンメイと一緒に津島で暮らしているからか、毎日会えないこともあって甘えん坊なところがあるんだよね。


 それでも他の武士よりは父親らしいことしているんだけどなぁ。まあ、そうやって求められるうちが花だ。


 お父さんは頑張るから。完全な自由は無理だろうけど、それでも好きなことを学び、仕事を選べるくらいにはしてやりたい。


 そのためにも今が大切な時なんだ。



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