第1714話・第九回武芸大会・その七

Side:久遠一馬


 勝って喜び、負けて悔いる。真剣勝負だからこそ、判定に異議を唱える人もいる。


 審判をしている人も真剣だ。複数人の審判をおいており、判定が難しい微妙なものは判定不能として継続することもある。武芸に精通した年配者やお坊さんが審判として多いかな。


 武田、今川は史実で名が知れている人が何人か出ている。ただ、やはり初出場で勝ち抜くのは難しい。武芸大会は傾向と対策が練られていて、常連組はそれを踏まえて鍛練しているからね。


 ただ、それだけではない。師範クラスでは実戦を踏まえた鍛練もしていて、集団戦闘や状況に応じた戦い方なども研鑽を積んでいる。


 武官のほうでもやっているけど、戦術研究と言えるくらいに真剣なことはすでに始まっているんだ。


 武芸大会の意義。当初と変わりつつあり、多くの者たちが武芸や戦術を一緒に考えていることだろう。流派のこだわりなどもあるが、余所と比べると段違いと言えるほどの変化が常にある。


 まあ、オレは貴賓席で見物しているばかりではなく、エルと共に会場内を見て歩いている。


「変われば変わるものだね」


「ええ、初めての大会を思うと驚きです」


 領内の者では、些細な理由で刀を抜く人が今ではほとんどいない。お酒が入って喧嘩はある。ただ、それで刃傷沙汰にしないというのは、みんな変わったなと改めて思う。


 オレたちが意図しない変化も増えた。似顔絵描きをしている絵師や、自分の絵を並べて売っている絵師もいる。商家でもそれなりにお金があるところは増えている。気に入ってもらえば、襖絵とか描く仕事になることもあるんだそうだ。


 あと、南蛮琵琶ことリュートを持つ、元河原者の人なんかも時々見かける。尾張では琵琶屋などと呼ばれるんだそうだ。琵琶を演奏したり教えたり。


「あれって、留吉だよね?」


「ふふふ、楽しそうですね」


 少し離れたところを歩く留吉君を見つけた。壮年以降の絵師の皆さんを引き連れて歩く姿は、ちょっと物珍しい光景になっている。留吉君も絵師の皆さんも楽しそうなんだけどね。なんというか……。


「若殿と家臣たちみたい」


 エルと顔を見合わせて笑ってしまった。


 関東から絵師の皆さんが来たので、自ら案内したいと役目を買って出た留吉君だけど、留吉君と侍女の周りを威厳ある絵師の皆さんが囲む。その光景に領民のみんなは、留吉君は凄いと見ている気がする。


 ただ、本人は気付いてないね?


「久遠様! 是非召し上がってください!」


「あっ、新しいやつだね」


 人混みで混雑していて、留吉君たちは会う前に見えなくなってしまった。まあいいかと歩いていると、顔なじみの屋台に声をかけられた。


 料理は日進月歩というほど進んでいる。


「うわぁ。美味いね」


 普通に驚いた。これって、鶏のつくねだよね?


「へへへ、串団子を食っていて思いついたのでございます。これなら柔らかくて美味いのではと」


 元の世界の調理法と少し違うようだけど、中まで程よい味がついていて美味しい。彼は鶏団子と命名して売っているが、バカ売れしているね。


 まあ、類似する調理法はこの時代より古くからあるので、まったく新しいものじゃないだろうけどさ。串にさした鶏団子なら歩きながら摘まむにはちょうどいい。


 環境を整えておくと人は自然と変わるんだなと教えられる。今後の参考にさせてもらおう。




Side:ミレイ


 工芸品の展示が行われている蟹江は、今日もあちこちから来る船の入港と相まって大賑わいね。


 馬車の展示試乗はここの名物となりつつあり、朝から晩まで人が絶えない。


「いい品ね。さすがは大内衆」


 義隆公が育てた山口の文化、技術は尾張で生きている。尾張大内塗りを筆頭に彼らが伝えた技と品は、尾張の文化と融合して驚くほどの良品や逸品を次々と世に送り出している。


 実用品ばかりではない。ウチが僅かに持ち込んでいる鏡には尾張大内塗りの装飾が施されており、恐ろしいほどの値になる。扇子や櫛などの小物も見た目の美しさから変わった。


 そんな工芸品の展示の場で目を惹いたのは意外なものだった。


「これは……」


「千歯扱きを改良したものでございます。藤吉郎という若い職人が作りました」


 これ、足踏み式脱穀機よね? 私たちの知る元の世界のものとちょっと形が違う。ただ原理は同じだし、工業村と蟹江の一部にある足踏み式旋盤の技を参考にしたのが分かる。


 軸受けなどの部品は大八車の流用か。公開して問題ないと判断したのも妥当だわ。


「どうなの?」


「千歯扱きよりも作業が早う出来まする。今は賦役でいずこも人手が足りぬので、売れるのではないかと」


 大内塗りや大八車、それと馬車など、目立つ工芸品が多いことで、足踏み式脱穀機はそこまで目立ってはいない。とはいえ農村の人手不足も尾張なんかだと割と深刻だ。


 実用的かつ、外に漏れてもあまり困らない。作る手間も千歯扱きとあまり変わらないわね。さすがは史実の偉人というところかしら。


「いいわね。武芸大会が終わったら、牧場村の屋敷にもいくつか届けるように伝えて」


「はっ、畏まりました」


 珍品、珍発明品。そんなのもいくつもある。ただ、その中にはちょっと発想の転換をすると使えそうな品もあるわ。


 中には他国の商人が買い付けようとして交渉している者もいる。ただ、基本的にここの展示品は織田家の買い上げになっているのよね。


 さらに工芸品。品物によっては領外への販売規制がある。馬車やウチの関連の品は特に売る先を選んでいるわ。


 堺のように勝手に粗悪な品を作られたら困ると説明すると、一応納得する。偽金色酒と偽手形の話は商人ならば知らない者はいないのよね。おかげで堺は、商人や繋がりのある寺社・武士からも恨まれているけど。




◆◆


 足踏み式脱穀機


 永禄二年、第九回武芸大会に出品された工芸品として記録が残っている。


 製作者は木下藤吉郎。当時織田家職人衆筆頭であり、久遠家家臣であった加藤清兵衛の甥にあたる職人になる。


 久遠家が日本本土に持ち込み、織田領に普及させていた千歯扱きを改良した品として出品していたようである。


 武芸大会期間中はそこまで注目を集めなかったようだが、久遠家はいち早く終了後に求めたといい、すでに足踏み式脱穀機の優位性を理解していたと思われる。


 彼の発明した足踏み式脱穀機は、後に動力を用いた脱穀機が生まれるまで日本圏各地で長く使われることになった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る