第1691話・治安維持という難関

Side:久遠一馬


 夏も後半だ。田んぼの稲穂が少しずつ頭を垂れ始めている。


「西からの流民にも困ったものだな」


 この日、清洲城で仕事をしていると、警備奉行代行の佐々政次さんが顔を出した。もともと警備兵はウチでバックアップしつつ運用していたので、セレスが産休中でもそれはあまり変わらない。政次さんは変に見栄を張らずに同じように職務を代行してくれている。


「六角でも余所者が荒らして困っていると書状が届いています。あちらと共に取り締まる形でお願いします。私も助力いたしますので」


 今日の話は流民、流れ者についてだった。ある意味、ウチが尾張に来て以降、ずっとある懸案のひとつだ。ただし、西は伊勢や近江が安定しつつあり、今までのように領地が接する地域がなし崩し的に崩壊はしていない。


 とはいえ流民や流れ者は絶えない。むしろ増えているだろう。畿内や西国からの流民が増えているんだ。


 理由として考えられるのは大内義隆さんの遺言と、帝が親王の頃に来られた行啓と上皇陛下の御幸になると思われる。尾張の実情と噂が広がれば広がるほど、畿内や都で一旗揚げようという者たちの何割かが、そのまま尾張を目指してくるんだ。


 暮らしどころか文化水準まで変わり始めている尾張や美濃とは違い、あちらは戦国乱世。大なり小なり揉め事や問題を起こすなんて日常茶飯事で、中には賊になる者も少なくない。


 国境付近では警備兵の増員に次ぐ増員で対応しているけど、六角でも困っていると知らせが届いており、連携を模索することになったんだ。


「警備兵の新兵鍛練を、少し短くせねば間に合わぬかもしれませぬ。無論、現地で働かせながら教えまするが」


「確かな者、古参に付けるなら構わないでしょう。新兵は国境警備兵に回すことになりますし。そこの加減はお任せします」


 セレスが後任にと押しただけはあるね。情勢の把握から組織運営もこの時代の武士というより、ウチのやり方を問題なく理解している。もともと武功もある人だけど、こうなると本当、どこかの奉行職に推挙したくなる。


「戦はせずとも守り戦うことはなくならぬ。武士に警備兵は合うとは思いまするな。上手くやる者は驚くほど見事な手腕ですぞ」


「そうですねぇ。ああ、そのうち甲斐からも大勢武士の子弟が来ると思います。そちらもお願いします」


 全体的に武功のある人は、人の使い方も上手い傾向にある。個人の武勇も必要だけど用兵が出来ないと戦での活躍も出来ないしね。ある意味、当然なんだけど。


 どこでも同じだけど、その土地には相応の事情や歴史がある。寺社が強い地域では寺社と協力して治安維持をしているし、地元の領民ともいい関係を築ける人が警備兵でも出世する傾向にある。


 癒着するほど地元と密接になると困るけど、協力は必要だ。その土地の状況とかに鑑みながら調整する。これがまあ難しいんだよね。


「罪人どもは飛騨に送るほうがよろしいか?」


「余るようでしたら甲斐でもいいですよ。あちらは街道を整えるのを急ぎたいので」


 警備兵で捕えた罪人の扱いもまた大変なんだよね。詮議はきちんとさせているけど、賊なんかだと捕縛に生死を問わずというのが現状でもある。今のところ捕えた賊とか盗みを犯した者は、罪人部隊としてまとめて働かせている。


 重罪は磔や火あぶりにしているけど、処刑したって賊が減るわけじゃないからなぁ。


 そもそも余所の土地に来て、まともに働けると思っていない人が多い。豊かな土地にきて奪うことしか考えてない流民も多いんだ。警備兵の苦労が分かる。


 一応、領境の関所で説明とかさせているんだけど。隙を見て奪ってしまえばオレのものだという人も多い。


 家中からは、もう流民は要らないという声すらあるほどだ。とはいえ流民を入れないとなると西だと六角が困るだけなんだよね。入れない流民が留まることになるから。


 さらに日本列島で見ると織田領が広がり過ぎて、東西を行き来する旅人の入国を拒否するのも難しい。


 おかげで西の人への印象は悪くなる一方だ。さすがに困るんだけどねぇ。




Side:佐々政次


「あれから随分と時が過ぎたな」


 内匠頭殿のところから戻る最中、ふと昔を思い出す。


 わしは小豆坂で武功を挙げはしたものの、織田はまだまだ弱く小さかった頃であった。


 突如尾張を訪れた内匠頭殿らは、新しきことを次々と始めた。当初は眉をひそめておった者も、変わる日々に逆らえずひとりまたひとりと己の役目を見つけておる。


 わしもそのひとりであった。


「殿、いかがされました?」


「いや、警備兵に加わった時を思いだしただけだ」


「ああ、左様でございましたか」


 立身出世を望んだわけではない。町を守る兵を育てると聞き僅かに興味があったのと、暇つぶしをしつつ、なかなか手に入らぬ金色酒でも融通してもらえるかと期待しただけなのだ。


 それが今では奉行衆に次ぐ地位と役目となっておる。


「所詮、人の立身出世など偶然の結果なのかもしれぬ。そう思うと面白うてな」


 久遠家とは長い付き合いになった。当初から後見役となっておった平手家や、滝川家と血縁がある池田家などを除くと、佐々家はもっとも久遠家に近い家だと見られておる。


 そのきっかけが暇つぶしと金色酒欲しさだと教えると、皆が驚くのが面白い。


 氷雨殿より警備奉行に推挙したいと何度か打診はあったが、すべて断った。その時ではないと思うたことがすべてだ。氷雨殿が作り上げた警備兵はまだまだ未熟、氷雨殿が差配してわしが支えることが一番なのだ。


 継ぐべき時が来るとしたら、氷雨殿が内匠頭殿と共に隠居するか、わしが同じ仕事を出来ると思うた時であろう。


 尾張の織田から天下を超えて、日ノ本の織田となる。その礎となる者がいるのだ。名を残して太平の世を築くのはわしではない。


 少し口惜しいところもあるが、それはそれでよいと思えるようになった。


 驚くようなことが幾度もあり、かつての日々が懐かしくなるほど変わった。その先にある世を見たいのだ。


 ただ、それだけでいい。



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