第1682話・別れを惜しむ尾張と、変革を恐れる都

Side:久遠一馬


 今日は上皇陛下と最後の茶会だ。夏ということで日差しも強いので室内での茶会になる。


 畳が敷き詰められた和風の広間で、抹茶や紅茶や煎茶を楽しむ。形式は尾張流というべきだろうか。豪華絢爛でもなければ、侘び寂びでもない。あるがままを楽しむ。シンディがやっていたことがいつの間にかスタンダードになっているんだ。


 おしゃべりをしたり庭を見たりしつつ、同じ時を過ごす。尾張だと珍しくもなくなったんだけどね。


 ただ、今日はシンディがこの場にいる。これも上皇陛下が望まれたことだ。蔵人の解任以降、上皇陛下を取り巻く環境が変わったこともあり、シンディが私的な茶会で上皇陛下にお茶をお淹れするのはこれが初めてではない。


 とはいえ、北畠家や六角家や北条家の代表がいるような対外的な場では初めてだ。少し心配になるね。


「良き香りかな」


 周囲の視線が集まるが、シンディと上皇陛下は特に気にされた様子もなく、無論、毒見すらしないままに上皇陛下は紅茶を飲まれた。


「朕に茶の淹れ方を教えてくれぬか?」


 なによりも上皇陛下のご機嫌がいいようで和やかな雰囲気だけど、ふとこちらを見た上皇陛下がとんでもないことを言い出した。すぐに義統さんたちや山科さんと顔を見合わせる。誰も異を唱える気はないようだ。


「シンディ、お教えして差し上げて」


「畏まりましたわ」


 まあ、譲位されたのだし、趣味としてお茶を自分でお淹れになるくらいはいいと思う。二度と来られないと覚悟もおありなのだろう。茶の湯はともかく紅茶はウチの技だからね。教わるならウチがいいとお考えになられたのだろう。


「都には、紅茶を淹れる技を持つ者が多くおりませぬからな。戻り次第、院に皆で習わねばなりませぬなぁ」


 予期せぬことに少し静かになったが、雰囲気をやわらげたのは丹波さんだった。この人、生まれながらの公卿じゃないからなぁ。なんというか他の人と価値観違うんだろうね。


「侘び茶を淹れる者はおるがの……」


 丹波さんのおかげか場の雰囲気も良くなった。上皇陛下が楽しげであることで山科さんも嬉しそうだね。でも侘び茶か。尾張でも、たまに侘び茶の流儀で茶の湯の席を設けることはある。シンディは普通に元の世界の茶道も好きだからな。


 評判は悪くないよ。元の世界の茶道ほど、この時代では侘び茶の形がきまっていないし、シンディ流の侘び茶だからね。今のところは流行ってもいないけど。


「この煎茶も良いの」


 広橋さんは煎茶もお好きなようだ。紅茶と違い、まだあまり知名度はないものの、一昨年には親王殿下にもお出ししたことで、それなりに知られているものだ。


 紅茶と煎茶は製法を未だに秘匿していて、ウチの専売品になっているね。まあ、実際には織田家で販売先をある程度議論しているけど。配慮がいるところもあるし、欲しがる人は多いから。


 朝廷にも献上品として毎回贈っているので、院が戻られてもお茶を楽しむくらいは出来るだろう。


 オレたちに出来るのはこのくらいしかない。申し訳ないけどね。




Side:近衛稙家


 主上が蔵人を介さず院に書状を出しておられる。内容は吾らも与り知らぬこと。ただ、尾張におる広橋公らの書状から、警固固関の儀で揉めておることや、さきの極﨟ごくろう殿の処遇などをおふたりだけでやり取りをしておる様子。


「父上、いかがされまするか?」


「いかがもなにも、口を出さぬほうがよい」


 倅である関白に問われるが、この件は諫めるわけにもいかぬ。吾らが信じられぬと言われてしまえば、朝廷の在り方にも関わる大事となる。


 警固固関の儀については、大樹から事前に苦言があったことを吾らが退けたのだ。余計な口を出して、院の勅勘がこちらに向くのは避けたい。


 すでに吾らも極﨟殿の一件などで主上の勅勘を賜ったが、今は表向きとしては収まっておる。されど、吾らを疑いなく信じておられぬことが明らかとなったな。


「されど、不満を抱えておる者もおりまするぞ」


「要らぬと言われたらいかがする? 院と主上を押し込めるとでもいうのか?」


 相も変わらず関白は甘いの。主上と院からの信が揺らぐなどあってはならぬこと。されど、揺らいでしまった。これは吾らが罪となること。


 武衛が都に来たがらぬわけが分かるの。銭を寄越せ、公卿を崇め敬え。左様な本音が隠しもせず露見するなど、公卿も堕ちたと言われても致し方ないわ。


「主上は斯波と織田が都に参ることを望んでおられましょう。参ればよいではありませぬか」


 まったく、関白ともあろう者が、まだかような甘いことを言うておるのか。少し己の立場を教えてやらねばならぬな。


「ああ、望んでおられような。代わりに放逐されるのが吾ら公卿になるやもしれぬがな」


「なんと!? 左様なこと許されるのでございますか!?」


「参ったとして、政をするのも武士。主上と院をお支えするのも武士。吾らはなにをするのだ? 家伝やなにやらはあるが、久遠が明から新たな知恵を習い持ち込めば、もはや無用の長物とならぬとは言えぬのだぞ」


 まあ、武衛らは間違ってもやらぬと言えるがの。だが出来ぬとは思わぬ。


「本来、皇家と公卿は別物ぞ。己を律することもせず、過ぎ去りし栄華と荘園を今も返せと騒ぐのみ。吾もまた責められる立場ではないが、主上の信が揺らいでおる今、やるべきことはなんじゃ? 斯波と織田を従えることではないぞ」


 吾らの祖先は代々の帝を支える立場となることで、一族の地位を確固たるものとしてきた。時には帝や院すら見過ごせぬ力があったとも伝え聞く。それが今ではこの有様。祖先はいかに見ておろうか。


 古き知恵と家伝を残す。確かに必要なこと。されど、主上や院がそれよりも太平の世を望まれたらいかがするのだ? 朝廷を残すことと公卿を残すことは同じではないのだぞ。


 驕っておるのは斯波でも織田でもない。公卿であるといつになったら気付くのだ?


 まあ、公卿が没落しても近衛の家だけは主上や院と共に残さねばならぬ。それだけはな。




◆◆


 永禄二年、六月。後奈良上皇との別れの宴や茶会が尾張では開かれていたが、その席で桔梗の方こと久遠シンディが、後奈良上皇に紅茶と煎茶の淹れ方を指導したという記録が残っている。


 これは後奈良上皇の望みによるものだったらしく、京の都に戻ったあとも尾張流の茶を楽しみたいという願いがあったものと思われる。


 当時の畿内では仏門由来の侘び茶が流行していたとされるが、一方で尾張由来の自然なままの茶の湯もまた流行しつつあり、後奈良上皇が自ら教えを受けたことで流行が変わったとも伝わる。


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