第1680話・上は動いても下は変われない
Side:神戸利盛
浅利と戸沢との戦があるが、我らはかの者らばかり構っておられぬ。奥羽領一帯の差配と上方からの船への対処など、やることはいくらでもある。
わしは大浦城で津軽三郡の代官として勤めておるが、この地もまた難儀なことばかりだ。あれだけ大勝したというのに、まだ面倒を起こす者がおる。
「御家の雑穀を奪ったばかりか、浅利への横流しか。重罪どころの騒ぎではないな。さらに詮議もなく勝手に首だけ送りつけてくるとは、これがこの地の流儀か? 石川殿」
「申し訳ございませぬ」
三戸殿の降伏より僅かに早く、津軽三郡にある南部方は降伏しておる。とはいえここも旧来の政をしておった地だ。臣従をしておると言うても、実情は各々が勝手にしておるようなところもあった。
臣従後にはお方様の命により、飢えておるところには麦を主とした荷を配るべく送ったが、当地の者で勝手に召し上げた者が幾人かおる。さらにそれを浅利に頼まれて送ったところまであっては庇い切れぬわ。
もっともかようなことは、新たな領地ではようあることだ。事前に禁じておったにも拘らず領民に口止めをした程度で露見せぬと思う浅はかさ。救えぬな。
「悪いが、わしでは庇えぬ。詮議はお方様がされる。罪人以外は命までは奪われぬと思うが、一族郎党日ノ本からの追放はあると心得よ。無論、俸禄はすべて召し上げだ。気に入らぬならば、挙兵なり尾張に訴え出るなり好きにされるがいい」
南部家で当地の郡代をしておった石川殿が罪人一族の助命と減刑嘆願に来たが、この件はわしの手に余る。減刑の口添えくらいは出来るが、あまりに愚かしいことにする気もない。
面目や意地が絡むなら一考の余地があるがな。我欲により民へ施すものを奪うなど、大殿やお方様がたが一番嫌うこと。
「まことに兵を挙げる者もおりましょうが……」
「構わぬ。はっきり言おうか? 己らで謝罪に来ずに、石川殿に泣きついたのも気に入らぬ。それに織田の政を教える書状は出したはずだ。ただ、石川殿に罪はない。こちらの命をそのまま伝えるがよろしかろう」
嘆願に来た石川殿の顔を立ててやりたいところもあるが、そもそも南部家ですら、まだ裁きと処遇が終わっておらぬのだ。
大方、南部方を攻めることなく降伏を許しておることで甘いと勘違いしたのであろう。
此度の件で勝手をする者が減るとよいのだがな。
Side:鳥屋尾満栄
大御所様が所領に言及されたことは、家中に一気に伝わったようだ。受け止め方は様々であろうが、我先にと所領を献上する者は今のところおらぬ。
某のところには所領を手放したくない者が訪ねてくる。
「石見守殿、いかんともならぬのか?」
言うことは皆、変わらぬな。尾張の変わり様を知ればこそ
暮らしが良くならずともよい。飢えぬようにならずともよい。今までと変わらぬままでよいと言うだけ。
「意地を通すなら相応の覚悟を持たねばならぬ。それは今までと同じであろう? もとより御所様は伊勢を変えようとされておられた。そこに大御所様までもが変わることを望まれたのだ。臣下としていかにするべきか、考えるまでもあるまい」
独り立ちしてもよいと仰せになったのだ。気に入らぬならば、そうするしかあるまい。挙兵するほどの覚悟も意地もないのだ。
「道理なのは分かる。されどな……」
「ならば仏門にでも入り出家されるべきであろう。嫡男は若いはず。新たな治世でも生きていけよう」
面倒なのは誰一人、独り立ちを望んでおらぬことだ。北畠家を離れて、己の所領だけで生きていくこともまた望んでおらぬ。
一昔前ならば皆で一致結束して御所様と大御所様に再考を願うところなれど、今ではそれも叶わぬ。織田が、いや内匠頭殿ひとりが味方すれば我らが束になっても敵わぬのだ。
味方でないならば配慮は無用とされると、宇治山田や伊勢無量寿院の二の舞いぞ。
「何故、かようなことに……」
今までのやり方では争いが絶えぬからであろう。面目を潰されず食い扶持も与えられる。これ以上望むのは無理なのだ。
あとは諦める時が必要ということ。わしに出来るのは、こうして諭してやるしかない。
Side:久遠一馬
さて、今日は尾張を訪れている信濃衆と、その家族がウチの屋敷に来ている。花火に続き尾張見物をしている皆さんをウチに招待したんだ。
「久遠一馬です。ウルザとヒルザが世話になっています。今日はささやかですが、楽しんでください」
身分的に低い人たちに、あまり丁寧な挨拶をすると相手も困るんだよね。威圧とかしないように程よく友好的に接する必要がある。
「ご尊顔を拝し恐悦至極に存じまする」
代表して小笠原信定さんが挨拶をしてくれるけど、明らかに緊張しているのが分かる。まあ、無理もないよね。何度か挨拶をしたことがあるくらいだし。
堅苦しい空気は好きじゃない。侍女さんに頼んで料理を運んでもらおう。
「おおっ」
「くろいおふねだ!」
ふふふ、海がない信濃の皆さんだし、今日は海鮮料理だ。大人も子供も驚いてくれている。理由は船盛りだろう。
船の形をした器にお刺身を盛りつける。元の世界では旅館などでお馴染みのものだ。おもてなしに使いたいから工業村に制作を頼んだんだけど、なんと漆塗りの黒い船で作ってくれたんだ。
オレは元の世界のイメージで木製のままだったこともあって、なにも指定しなかったんだよね。だけどウチで使う船のお皿なら黒だろうということになり、職人たちが考え漆塗りで仕上げてくれたらしいんだ。これにはびっくりしたね。
「さすがは久遠様だ……」
「恵比寿船の皿があるとは……」
驚き、凄いとオレを見てくれるけど、これ職人衆の仕事とアイデアなんだよね。ちょっとむずがゆくなるよ。
「美味しゅうございます」
「なんと贅沢な汁でございましょう」
海老・烏賊・帆立などが入った海鮮汁に、皆さん瞳を輝かせて食べている。中華風海鮮チャーハンやふっくらと焼き上げた鮮魚の焼き物もあって喜んでくれているようだ。
「某、永田徳本と申します。かような馳走は初めてでございますなぁ」
せっかくなので大人の皆さんに声をかけてお酒を注いでいると、永田さんと話すことが出来た。史実の医聖であり、半ば伝説的な逸話がある人だけど、多くの民に治療を施しているのは事実なんだよね。
「永田殿の噂は聞き及んでおります。お会い出来てよかった」
正式な織田家の家臣でもないんだけど、信濃と甲斐での仕事でいい働きをしている。特に不足している医師であることもあって、甲斐に入れないヒルザの代わりになっているほどだ。
「内匠頭様が為されておることと比べれば、某のしておることなど、たいしたことではございませぬ」
「人を助けることに上も下もないですよ」
永田さんは織田に忠誠を誓うというわけではなく、人々を助けるために従い働いているんだろう。ただ、オレはそれでいいと思っている。
医術に関してはケティたちに任せているから口を出す気はないけど、こういう人は大切にしておきたい。
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