第1604話・分裂する南部家
Side:久遠一馬
奥羽にて南部と戦があったとエルから報告があった。完勝、そう言っても過言ではないだろう。南部が工作した浅利家と戸沢家も野戦に出たものの、鉄砲や焙烙玉という火力の前に驚いて逃げ帰ったらしい。
少し感慨深いのは神戸さん、楠木さん、赤堀さん。彼らの活躍か。史実でも有能だった可成さんは想定の範囲内だけど、彼らは史実でさほど印象が残るほどの逸話もない。
戦自体は火力主体の物量に移行したからね。極論を言うと、普通にやれば負けない戦となる。ただ、前後の外交や政治はそうはいかない。
尾張から派遣した文官・武官衆の仕事ぶりもいい。遥か離れた地なだけに彼らの活躍で東国統治の目途が立った。
浪岡家の臣従は驚いたけど、晴具さんの根回しと動きの結果だろう。同盟相手として残しても苦労が多く、道を誤る危険も高かったからね。
南部家はこのまま取り込んでいくべきだろう。新領地で使いやすいのは、やはり武士だ。宗教関係者のように独自の思想や主義主張がない。負けた相手に降るのは仕方ないと諦めてくれるのも大きい。
甲斐・信濃・駿河・遠江で面倒だったのはやはり寺社だったからな。
まあ、宗教関係者はこちらをきちんと理解して、敵わないと知ると頼もしい味方になるんだけど。特に尾張・美濃・三河では、彼らの活躍が現在を支えると言っても過言ではない。
「とのさまー?」
「ああ、続けようか」
「はい!」
今日は牧場にて畑仕事をしている。元の世界だと土いじりなんて学校を卒業以降はしたこともないけど、こちらに来て毎年していると慣れてきたなと思う。
まあ、役目としての仕事はいくらでもあるんだけどね。オレ自身を含めて、個人の能力に頼り過ぎるのは駄目だと戒めている。誰かに頼ればなんとかなるという状況は健全ではない。
適度に休んで任せられる人がいる仕事は任せる。この辺りは過剰なほど徹底しないと根付かないだろう。
牧場では畑の場所が毎年変わる。輪栽式農業を試した結果だ。連作障害が出る作物もある。植える作物は必ずしも史実の輪栽式農業と同じではないものの、地力を回復しつつ効率的に土地を使うという意味では最適だと思う。家畜の餌も牧場だと生産が必要だからね。
子供たちや牧場村の領民と一緒に新しい畑を耕す。大変だけどやりがいがあるんだよね。こういう作業って。根が庶民だからだろうか。
さあ、もうひと頑張りだ。
Side:知子
浅利と戸沢は撃退した。南部の要請に応じて兵を挙げたものの、鉄砲の音と被害に驚き早々に撤退したわ。あわよくばこちらの所領を奪えれば上等程度の認識だとそんなものでしょうね。
季代子の名前で両家に対して謝罪と賠償を求める。それの返答次第では領境の封鎖や荷留もするわ。流通が未熟なこの地だと、代わりの品を手に入れるだけで苦労するでしょうね。
寺社や商人が横流しすると思うけど、それもすでに経験済みよ。あとで高い代償を払ってもらう。
「お味方、大勝利でございます!」
湊城に戻ると、早くも南部との戦の報告が届いた。家中から離脱者を出さなかった安東殿はホッとした顔をしているわね。
「厄介な戦も一段落したし、田畑の仕事と賦役をするわよ」
浅利と戸沢より食糧生産のほうが優先なのよね。船で運べるとはいえ生産したほうがいいのは当然のこと。
「ねえ、そういえば。この地に
賦役は織田の文官がこの地の者から意見を聞き、どこから手を付けるか検討している。まずは湊になると思うけどね。そんな中、優子が思い出したように口を開いた。
「臭水でございますか。それならば存じておりまするが……」
「いくらか取り寄せて。あれ、ウチでも使っているのよ。どんなものなのか見てみたいの」
「はっ、それならばすぐに!」
臭水。石油か。そういえばそんな資料があったわねぇ。内燃機関なんてないし、使い道も限られているけど。天然に湧いている分くらいでも産業になるのならば使わないと損よね。
「浅利と戸沢はいかがしましょう?」
「手頃な坊主に使者を頼むわ。謝罪と賠償をするなら許す。それがないなら、とりあえず領境の封鎖と商いの停止かしらね」
安東家家中は、どちらかというと浅利と戸沢攻めを考えているようだけど。優先順位として高くないのよね。
「南部が先ということでございますか?」
「ええ。攻めるのは容易いけどね。特に豊かな地でもないし。後でいいわ。そんなことより安東殿は水軍の編成をお願い。尾張で見たでしょ。久遠船。あれをここでも建造して、水軍を編成するのよ」
少し戸惑う者が多い。無理もないわね。面目や意地で生きていると、攻められたら報復をしないと示しが付かないと思うのは当然だもの。
「まことでございますか!?」
「あの船、もとはウチの者が設計したのよ。大殿の許しもある。造る際は絶対に外に漏れないようにお願い」
「畏まりましてございます!」
ただ、安東殿本人は漠然とではあるものの尾張を見たからか予想していたようね。ただ、久遠船建造は驚いたみたい。水軍の編成は命じてあるものの、具体策はまだ言ってなかったのよね。
やることは山ほどある。ここからが大変なのよねぇ。
Side:石川高信
「そうか。殿は降れと仰せになったか」
「はっ」
夢かと疑いたくなるほど情けない戦をして城に戻ると、三戸の殿の使者が来た。再度攻めるのかと思うたが、なんと織田に降れとは。
近隣の国人衆や土豪からは籠城の支度をしつつ、いかがするのだと問う使者が次から次へと来ておる。
義理立てしておる者もおるが、南部はまだやれる。そう思うておる者もおるのだ。見たことも聞いたこともない戦に、負けたと思えぬ者がおるのは致し方あるまいな。
もっと言えば、己が先んじて南部を裏切ることもあまりしたくない者も多かろう。主家を裏切るなどこの地では滅多にあることではないからな。
「降伏していただきたい」
いかにするべきか。家中の皆が悩み、あれこれと話をする最中、顔見知りである大浦家の者が使者として現れた。
「今しばらく考える時がほしい」
「構いませぬ。されど、数日のうちに返答を頂けねば、拒絶したと受け取ることになりまする」
三戸から助けが来ることは当分あるまい。条件も思うたほど悪うない。城と領地は召し上げとなるが、俸禄での家の存続を許すという。俸禄の額にもよるが、そもそも織田は領地を認めておらぬと聞く。
わしを含めた皆の助命と、食うてゆけるだけの禄は頂けるようだ。
「織田殿と大浦殿に良しなに伝えてくれ」
降るしかあるまいな。なにより三戸の殿の命もある。とはいえ、この場で即決しては近隣の国人衆や家中の年寄り、あと意地を張る者が怒り出す。説き伏せねばならぬ。
織田とて左様なことは承知のはず。そのくらいの時はくれよう。
南部はいかがなるのか。少なくともひとつにまとまることは当分あるまい。織田が動かぬはずもなく、また八戸や九戸は己の意思で動く。
考えてもなにも出来ぬな。今は異を唱える者を説き伏せねば。
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