第1583話・一馬、授業をする

Side:久遠一馬


 答志島の城に関してはどのような城にするか、水軍にも意見を上げるようにお願いした。こちらではある程度考えがあるものの、下の意見と同じとは限らない。上下で意見をきちんと交わす体制、なかなか難しいんだけどね。出来る範囲でやりたい。


 末端の意見は貴重だし、もっと言うとガス抜きも必要だ。


「変わらないなぁ。ウチも昔はいろいろあったからね」


 水軍からは畿内の船の横暴な態度が度々報告として上がる。ウチも猶子となるまでは多かれ少なかれそういうのがあった。


 武士もいれば商人もいるし寺社もいる。織田領となる時に、過去のそういう態度が問題になることも増えている。こちらとしては織田家の面目もあり、安易に許すことも出来ないし、許す気もあまりない。騒いで冷遇とか締め出すことはしないものの、関わらないでほしいという感じだ。


 まあ、この手の報告は警備兵からもあるね。どうもこの時代の人は尾張以外を属領として見ていて軽く扱うんだ。


 畿内に限らないけどね。基本的にこの時代に対等とか平等という概念があまりない。知らない奴は敵か味方か。上か下か。教育を受けた公家衆は、まだ理性的なんだよね。


「さすがに近頃はありませぬな」


「八郎殿が上手く収めてくれていたからなぁ」


 ふと、資清さんと顔を見合わせて思わず笑ってしまった。そういう面倒な案件を上手くあしらっていたのは資清さんだ。表沙汰にすると大変になるからね。あの頃の評価もあって資清さんの現在がある。調整とか本当に上手い。


 同じことを水軍や警備兵に求めるのは無理がある。ただ、それでも大事にならない範囲で職務に励んでくれている。


 あまり先を見過ぎず、今働いている人たちと共に歩むことを忘れては駄目だと思う。オレも肝に銘じよう。




 午後は学校に行く。今日は子供たちに授業をする日なんだ。


 本来は教室なのだけど、集まった子たちが多いので武道場で行う。主に年少組を想定した授業のはずだけど、元服前後の年長組もいるんだ。


「希望者が多いから、午後はこの授業に絞ったの」


 オレが講師をすることはあまりないからだろうな。アーシャが事前に参加希望者を募り、武道場を暖めておいてくれたようだ。


 授業の内容は事前にアーシャや沢彦さんたちと相談している。子供たちの要望もあるし、授業内容がアーシャたちと被ると無駄になるからね。オレ自身、人になにかを教えるような知識も経験も乏しいんだよね。


「じゃあ、今日は飢饉への備えを話そうか」


 技術論や難しい知識を教えることはあまりない。過去の出来事を話したり、織田家やウチの体制や役割、政策について分かりやすく教えたりする。


「はい!」


 ああ、一番前にはお市ちゃんがいる。今日も元気だなぁ。


 人口や具体的な備蓄場所は織田家でも機密に指定しているので言わないけど、那古野から南には穀物の備蓄蔵が並ぶのは知られていることだ。


 尾張は土地が低いのが難点だけど、那古野から熱田にかけては台地であることで備蓄蔵などはそちらにある。あとは各地の城なんかにも米蔵があるところは備蓄しているね。


 それほど難しいことは教えていない。毎年きちんと備蓄することや、備蓄米は定期的に数を数えて中身も確認することなど、オレからすると当たり前のことだ。


 他にも粟・稗・蕎麦・麦など、水田として使えない土地も活用して食料を生産していることや、それらを備蓄していることを話す。


 まあ、こうして教えることで子供たちも安心するし、織田家がそういうことをしていると領民にも知られるきっかけになる。


 ただ、幼い子は飢えの恐ろしさを実感していない子も出てきている。学校に通うという時点で貧困な子ではないということもあるし、織田領内において食料不足で飢えるというのはすでに過去のことになりつつあるからだ。


 食べ物を大切にしようという教育は、今後必要だろうとアーシャたちも言っている。粗末にする時代じゃないけど、こういうのは地味な積み重ねがいるからね。


 真剣な子供たちに負けないようにオレも出来る限り分かりやすく教えてあげよう。




Side:広橋国光


「さすがは山科卿。主上もそなたの功をお喜びであられた」


 尾張は大乱になるほど争う気がないとはいえ、一度こじれた誼を戻すは容易くはない。幾度も諸国を巡り、世を知る山科卿なればこそ成し得たことであろう。


「危ういのは今も変わらぬ。蔵人が院の勅勘を賜ったのはすでに周知のこと。さらに織田の地では畿内から来る者の評判が良うない。畿内者は東国の者を見下し横柄に振る舞うと巷では不満が聞かれる」


 斯波と織田との誼は落ち着いた。とはいえ、やはり懸念はそれか。此度の旅で吾も似たような噂を聞き及んでおる。もとより鄙の地故、かつてはそれで良かったのやもしれぬがな。


「吾らも関わりがないと言えぬか」


「誰も吾らに不満など言わぬ。されど、畿内から来るというだけで喜ばれぬのでは、いずれ吾らにも降りかかること」


 国が変われば民も変わるということか。


「主立った商人には尾張を軽んじるなと言うておるはずだが?」


「尾張はの。伊勢や美濃では属領と思うからか騒ぎを起こす者も多い」


 それがあったか。思わずため息が漏れる。


 吾らが誼ある商人にはきつく言い聞かせておるが、織田の地の政を知らぬ身からすると、尾張と織田の者以外は属領として軽く扱うか。


「武士も坊主も民もひとつとなりて国を盛り立てる。夢幻のごとき地故にな。余所者には理解が及ばぬか。困ったものよな。これではいずれが蛮族か分からぬではないか」


 都では公家でさえ、年を越す銭がないからと自らの屋敷に火をつけると騒ぎを起こす。すると都の町衆も大火事になっては困ると餅代などを出すのだ。かようなことをする者のおる畿内と、皆で国を盛り立てるこの地ではいずれが上か。言わずとも知れたことになった。


「広橋公。もうそれが愚痴で済まなくなる。この地には力もあり徳もある。心して掛からねば、吾らは長きに渡り守り抜いてきた朝廷を滅ぼす大罪を犯しかねぬ」


 山科卿の言葉に異を唱えることが出来ぬ。懸念はそれを理解しておらぬ者が畿内にはあまりに多いことか。


「そうしてみると大樹の動きは理に適うか」


 大樹が近江に居を構え尾張と近江を重んじることに都では不満も多い。されど、こうして近江や尾張に来ると大樹の考えが朧気ながら見えてくる。


 争い、将軍を軽んじ、勝手ばかりする畿内を見限ったか? さすがに帝を軽んじることはないようだが、言い換えると足利が仕えるのは帝であって吾らではない。


「吾らは自ら変わらねばならぬのやもしれぬ。誰も吾らに変われと言うてくれぬからの。院もそれを懸念されておる」


 世が動く時は、かような苦労や苦難が多いのであろうな。山科卿の言葉に未だ安堵してはならぬと思い知らされる。


 はてさて、いかがするべきか。



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